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いつも心にBGMを  作者: 六助
最後の魔法使い
42/45

孤独の在り処

 俺はずっと存在の意味を考えていた。

 生まれてからずっと、周りの人間が災厄で沈む中、ずっとそれだけを考えていた。

 どうして自分だけ生き残ったのだろう?

 どうして、自分なんかが生き残ってしまったのだろう?

 俺なんかより、よっぽど生きたかった人は居るだろうに。俺なんかより、よっぽど世界のためになるような人はたくさん居ただろうに。

 どうして、俺だけ?

 数々の理不尽を力づくで破壊してきた俺は、今まで踏みにじってきた人たちの分まで全うに生きようなんて殊勝な心がけなんて持てず、ただなんとなく、呼吸するためだけに生きていた。今だって、なんとかフリーターをやって食いつないでいるだけ。その気になったら、後ろ暗い仕事なんて山ほど請け負えるのに。

 俺の『最強』を使えば、助かる命がたくさんあるのに。

 ああ、なんて俺は弱い人間なんだ。

 『最強』なんてほざいておいて、結局のところ、自分一人の生き方さえも満足に決めることが出来ない弱虫だ。

 ……でも、そんな弱虫でも、恋をしたんだ。

 愛したい人が見つかったんだ。

 その人は世界に嫌われていて、その癖に世界を嫌いになりきれない狂人だった。そう、彼女は狂っている。中途半端に狂っている。その半端さが自分でも許せず、もがき、必死に生きている人だった。

 俺は、彼女の生き方に焦がれた。

 あんなにも生きることに真剣になっている人は、見たことが無かった。初めて、自分以外のために生きてみたいと思えた。

 やっと決意できた。

 俺は彼女のために生きよう。

 彼女が世界によって『悪』だとしても、俺の『最強』でそんな道理を踏み潰してしまおう。彼女が隣で笑ってくれるのなら、俺はもう何も要らない。

 今更幸せになれるとは思わない。

 それだけのことを、俺はやってきた。

 でも、それでも! 俺は幸せを目指そう。自分勝手に、身勝手に。全ての超えて、彼女のために生きようと思えたんだ。

 だからまずは…………彼女に告白することから始めよう。

 こんな弱い男なんて、振られるかもしれないけど、それでも、告白しよう。今まで戦ったどんな敵よりも手ごわいかも知れないけど、それでも、俺はそれを選んだのだから。

 ずっと躊躇っていた一歩目を、踏み出そう。



●●●



 ノイズが、夜に響いた。

 じゃりじゃりと、砂を擦り合わせたような不快な音が、壊れかけのラジオから流れ、俺の神経をじかに削り取る。

『ザザッ、ザ――あ……次のお便りはハンドルネーム『人類最強』さんからー。ザザッ、俺は今までろくでもない人間でしたが、こんな俺でも恋をしました。この想いは相手に告げるべきでしょうか? っと、なるほどねー! ザザザッ――というわけでコクっちゃいなよ、YOU。自分の気持ちを自覚したならそれが一番さ! ただし、あんたが今までやってきたろくでもない事の報いはいずれ、やってくるかもしれねーから、それだけ注意な! ザザザッ、ザ――』

 まず、俺のアパートが壊れていた。

 それは『壊れていた』としか表現できないほど、跡形も無くバラバラに砕かれ、文字通り全壊していた。しかし、そんな悲惨な事態になっているにも関わらず、警察どころか、周囲の家から誰も人が出てこない。窓を開けて様子を見ようともしない。加えて、全壊したアパートに住んでいたはずの人間が居ない。死んでいる、のではなく、居ないのである。まるで最初から、そのアパートには誰も住んでいなかったかのように。

 次に、恐ろしいほど綺麗な少女が全壊したアパートの瓦礫の中で歌っていた。

 闇を湛えたかのような黒の長髪に、初雪の如き純白の肌。顔立ちは人形染みているほど整っているのに、なぜか人間味も感じさせてしまう恐ろしい美貌。身に纏っているのは白いワンピースとトレンチコートというアンバラスな組み合わせだというのに、それすらも、彼女が纏っていれば一つのファッションだ。そこに立っているだけで一つの芸術として完成している。そんな、恐ろしい美貌を、俺は今まで見たことがなかった。歌っている曲は、随分昔に流行ったバラードのラブソング。外見だけでも充分人が狂うのに、その歌声は人の心に土足で踏み入り、ぐちゃぐちゃにシェイクしてしうほど、美しい。彼女自体がまるで、一つの楽器のようだ。

 けれど、そんなことはどうでもいい。

 全然、関係ない。

 今、俺が見るべきはそれらじゃない。

「ん? ああ、やっときましたか」

 黒髪の少女が歌声を止めたことも、興味ない。

 ただ――


「遅すぎますよ、貴方。好きな人一人も守れないなんて、ヒーローには程遠いですね」


 何も無い空中に、十字に貼り付けられた赤髪の少女が。

 白い花を体中から咲き乱れさせている制服姿の彼女が。

 ファウストが――天城美幸が、俺への見せしめの如く両の手首を花の茎によって貫かれ、空中に貼り付けられた姿が。

 俺の理性を簡単に溶かした。

「るぅうううううううううううううううううううううぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 灼熱が、俺の視界を真っ赤に染める。

 がぢんっ! と奥歯を噛み締める音が脳髄に響いた。

 自分自身で縛っていたリミッターは簡単に外れた。

 今の俺なら、銀河すら刹那に満たない時間で砕く。

 だから、目の前の存在を砕けないはずはない。

 俺は衝動のまま拳を振るい、暴力の化身と成り果てて黒髪の少女ごと銀河すら消滅させようとして――


「冬の花は手折れない。例え、どんな暴風であろうと」


 俺の拳は、あっさりと止められた。

 か細い、純白の掌の中で。

 気付くと、俺の拳と少女の掌の間には一輪の花が。

「どんな怒りに身を委ねていようと、大切な花は踏みにじれない……ですよね?」

「て、めぇは……ッ」

 本能で理解してしまった。

 この花は美幸の一部だ。壊してしまったら、もう戻せない。だから、止められたのではなく。止まってしまった。花を潰さないように。

 そしてそれは、眼前の敵に格好の好機を与えると同義。

「――咲き誇れ」

 心臓を貫くのは、自らの体内から生えた花の茎。俺を養分として育った花々は、俺の体中に咲き乱れて――



●●●



「むー」

 僕が適当に木造の塔を探検していると、以前と同じようになんの唐突も無くカナエは僕の眼前に現れた。しかし、その顔は超然していた以前とは違い、年頃の女の子のように不平不満が見て取れる。

「ねぇ、聞いてよ、佐々木君! あの【魔法使い】ったらずるいんだよ!? 絶対出れないはずの隔離世界なのにあっさり出て行くし! しかもさりげなく、私の目を盗んで佐々木君に会いに来ていたみたいだし! もーう! 一体、どーやってんだよーう」

「わかった、わかったから。とりあえず落ち着いて僕から離れよう」

 しかも抱き付かれていた。おまけに内装がまったく変化しない塔を、百階近く昇っていた僕は割りと体力の限界で、そのままカナエに押し倒される形になってしまった。

「ん? どうして?」

「どうしてって、そりゃ、君だって女の子だろ? そう簡単に男に抱きつくもんじゃないって」

「…………」

 僕の忠告で初めて気が付いた、みたいにカナエは雪のような肌を赤く上気させて、慌てて僕から距離を取る。うーん、予想していた反応と違うけど、これはこれでいいね。

「ちっ、違うから! 佐々木君! 私はそんな軽がると男の人に抱きつくような尻軽女じゃないからねっ! 抱きついたとしても佐々木君だけだからね!」

「えーっと、その反応から予想するに、君って僕のこと好きなの?」

「ぴゃっ――」

 今度こそ、『顔を真っ赤にする』という表現がこれ以上無く当てはまっている顔で、カナエはあたふたと手足を動かして狼狽した。

「あのっ、そのっ! 好きと言っても過言でもないような! でも、君の事なんて好きじゃないんだからねっ! 勘違いしないでね! でも、勘違いしていいのよ? みたいなっ」

「落ち着こう」

「落ち着けるかぁああああっ!」

 ああ、こんな反応を見せられれば嫌でも理解してしまう。どうやら、このカナエという【全能者】は、なぜか僕みたいな『普通』の人間に好意を持っているらしい。

「ねぇ、カナエ」

「なんだよう、佐々木君! 正直、私はずっと美鶴の中で引き篭もっていたから、恋愛経験値ゼロでね? できればそういう話は遠慮して欲しいな!?」

「どうして僕のことが好きなのさ?」

「はい、無視! 私のお願い完全無視されたよー!」

 あうあうー、と唸った後、両手で自分の顔を押さえてうずくまるカナエ。うん、ちょっとストレートに聞きすぎたのかもしれないなぁ。

「…………だったんだよ」

「うん?」

 カナエがうずくまりながら何かを呟いている。僕が顔を近づけてみると、カナエはがばっ両手を開けて、軽く涙目で僕に向かって叫んだ。

「初めてだったんだよ! 君みたいな『普通』な人間が美鶴を、人格を、丸ごと全部好きになってくれたのは!」

「……へ?」

「だって仕方ないじゃん! 私も美鶴が好きだからさ! 自分の好きな人を本気で好きになってくれる人は、そりゃ好きになっちゃうよ!」

 えーっと、話が見えない。

 このカナエという【全能者】の人格は白鷺さんによって封印されていたんだよな? まぁ、封印されいてもカナエは白鷺さんの人格だから、白鷺さんと感覚を共有しても不思議じゃない。でも、その封印していた張本人を好きってどういうことだ?

「あ? 不思議に思ってる!? そりゃそうだよね! あんなに美鶴に嫌われている私が、美鶴のこと好きなんて! 今だって主人格を乗っ取ってるのに! でもね! 仕方ないじゃん! そうしないと美鶴は私のことを封印するし! 私だって忘れられたくないし! ……例え、美鶴によっては忘れ去りたい嫌な過去でもさ」

「カナエ……」

 白鷺さんの顔で、カナエは語る。

 カナエ自身の表情で、カナエは僕に笑って見せた。とても、悲しい笑い方で。

「私が悪いことをやったのはわかるんだよ。美鶴がそれで悲しんだのもわかっているんだよ。私という人格だけが唯一、美鶴の中から生まれた物じゃない仲間はずれだってのもさ。でも、私は耐えられなかったんだ。彼女が一人で、虚しい『一人遊び』を続けているのは。狂信者どもが作り上げた塔の中で、あいつらの兵器になっていくのが!」

 僕は白鷺さんの過去は知らない。

 前に一度尋ねてみたが、白鷺さんが悲しい表情をしたから、白鷺さんの口から教えてもらえるまで、待っているつもりだった。けど、カナエの言葉で、なんとなく彼女の過去が連想できてしまった。

 多重人格。

 彼女の異能【空想友達】。

 一人遊び。

 ああ、わかってしまった。そうか、そうだったのか。

 彼女は、白鷺美鶴は――


「ずっと一人だったのか、白鷺さん」


 誰とも話せないから、せめて自分の空想の中でも友達を作って、話そう。

 誰とも遊べないから、せめて自分の空想を顕現させて、触れ合おう。

 それは、なんて悲しい一人遊びで、【異能】なんだろう?

「だから私は! 全部壊してあげたんだよ! 美鶴が傷付くとも知らずに! 全能のクセに、無知の私はっ」

 もはややけくそ気味に叫ぶカナエ。

 両の瞳から、誰にも憚ることなく涙を零すその姿は、純粋無垢な子供のようだ。

 実際、子供なのかもしれない。

 子供だからこそ、わがままで、純粋で、世界が狭くて、全部必死で、自分の『好き』に全力なんだ。

 そんな彼女が、『普通』という定義の中で生きようとする僕は、少しだけ眩しかった。


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