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いつも心にBGMを  作者: 六助
首切り魔
4/45

仮面と兄妹

 うう、緊張する。

 心臓が張り裂けそうだ。というか、もう、爆発寸前。死ぬ、死ぬ、死んじゃう、絶対に死んじゃうってば!

「大森さん、さっさと玄関から中に入ってください」

 玄関の敷居の前で立ち尽くす私に、冬治くんは起伏の無い声で急かしてくる。

 その声の色は、まったくといって良いほど無色なのだけれど、ほんの少しだけ呆れているようにも聞こえた。それは多分、私の主観が勝手に彩ってしまったのだと思う。さすがに玄関で十分も立ち往生していたら、誰だって呆れてしまうのは無理ないもん。

 でも、仕方ないのだ。

 愛しの彼女と同じ屋根の下に入ろうとしているだよ? そんな、夢にまで見た状況が今、目の前で実現されようとしているんだよ!? 正直、感傷に浸りすぎて足が動きませんってば!

「・・・・・・・・・・・・はぁ」

 冬治くんは深いため息を吐くと、私の腕を掴んで、無理やり引きずり込む。

「ひゃっ!?」

「さすがにこれ以上、貴方の妄想を垂れ流されるのは御免ですので」

 うわぁ、殺したい。

 なんだろうね。まず、女子の体に勝手に触るなだし、強引に引っ張るなんで言語道断だし、ていうか夏なのに手が異常に冷たいし!

「手が冷たい人は心が温かいっていう噂は嘘だったんだね」

「ただの俗説ですからね」

 私の皮肉をさらっと受け流し、あっさりと冬治くんは腕を離した。

 そして、何事もなかったように私を客間に案内する。

「そこで待っていてください。今、妹を呼んできます」

「う、うい」

 案内された客間は、昔ながらの和室だった。

 敷き詰められた畳はおよそ十畳程度。部屋の中央には意匠を凝らしたテーブルが置いてあり、和で統一された家具がその周りに置かれている・・・・・・のだが、でん、と置かれた42インチのプラズマテレビが違和感バリバリだよ。

 ――――ちりんっ。

 私が挙動不審に部屋を見回していると、頭の上から、澄んだ音が聞こえた。

 音の方向を見上げてみると、鉄製の風鈴が風になびかれ、その役目を果たしているところだった。

 ――――ちりんちりんっ。

 ふと、私は思い出す。

 そういえば、彼女の声もこんな感じに澄んでいたっけ。

「お待たせしました」

 人の回想を台無しにするような、無機質な声が耳朶を打つ。

 思わず顔を顰めそうになったけど、続いて聞こえた声がそんな不快感を吹き飛ばしてくれた。

「えっと、初めまして、大森さん。私は有里冬治の妹、有里ありさと 冬花とうかです」

 よく、眩しい笑顔なんて例えを使うが、彼女にはそんな陳腐な表現は似合わない。

 彼女の笑顔はさながら、暗い夜を照らす白銀の満月。その美しさには、まぶしいながらも、誰もが目を奪われ、そして心を奪われるだろう。

「あのー、もしもし? 冬治さん、大森さんが固まってしまったんですけど?」

「ふむ、ちょっと待っていてください、冬花さん」

 ああ、あれ以来、どれほどこの子を探しただろう? この子が着ていた制服から中学校を割り出すのは難しくなかったし、この家を探し出すのも簡単だったけど、なぜかこの子と会えなかったもんなぁ。偶然を装って会おうとして、ここら辺をうろうろ徘徊しちゃっていたけど、全然エンカウントしなかったし。

 けど、そんなことはもう、どうでもいい。

 だってほら、今、目の前には愛しの彼女、冬花ちゃんがいるんだもん!

 数ヶ月ぶりに生で冬花ちゃんを見たけれど、やっぱり、綺麗、綺麗過ぎる。初めて会ったときの制服姿も良いけれど、今の私服姿も最高だ。純白の肌を覆う黒いワンピースはまるで満月を浮かばせる夜のようで、そのスカートから覗く形の良い足なんかもう!

「せいっ」

 ずばんっ、という轟音が、確かに額から鼓膜に伝わった。

「いったぁっ!? 今、何が起きたの!? 爆発!? 額で何かが爆発したの!?」

「大げさですね。俺がデコピンしただけですよ」

「あれがデコピン!? 額が抉り取られたのかと思ったけど!?」

 私はいまだかつて無い痛みを訴える額を押さえて、軽く涙目になりながら冬治くんを睨みつける。

「貴方が夢の世界にトリップしていたようでしたので、緊急処置で仕方なく」

「もうちょっと、女の子に優しくできないのかなぁ、このロボット君は?」

「あいにく、フェミニストであれとはプログラムされていませんので」

 私と冬治くんが言い争っていると、ふと、鈴の音のような笑い声が聞こえた。

「ふふふっ」

 気付くと、冬花ちゃんが口元を抑えて笑っていた。

 その仕草がとても可愛らしくて、きゅん、と胸の奥が締め付けられる。

「大森さんって、面白い人ですね、冬治さん」

「ええ、そうかもしれませんね」

 冬治くん、貴方には言われたくないけど、冬花ちゃんに褒められたから、この場は許してあげるよ。


 

 

 唐突ですが、俺の妹は引きこもりです。

 去年の冬から、ほとんど外出という外出をせず、生活用品のほとんどは俺か両親が用意しています。確か、最後に外に出たのは、俺の入学式を見に来たときでしょうか?

 しかし、だからといって妹に社交性が無いというわけでもありません。

 妹は容姿端麗、頭脳明晰、おまけに誰とでも仲良くなれる才能を持ち合わせており、引き篭る前は、それはそれは大勢の人に慕われていました。これは自慢になってしまうのですが、俺の妹は基本的に苦手な物や欠点という物がまるで存在しない完璧超人なので、人に嫌われることがまずありません。あるとしたら、その完璧さを妬む人だけだと思いますが、妬む人でさえ妹を注視していると、その魅力に取り込まれてしまうでしょうね。

 なら、何でそんな妹が引きこもりになってしまったのか?

 はっきり言ってしまえば、それはすべからく俺の責任です。一から十まで、全部俺が悪く、妹が悪いことはまったく無いのです。

 まぁ、強いて言えば、こんな兄に対して、見当違いの責任感を持っていることですね。

 まったく、こんなダメ兄なんか、さっさと見捨ててしまえばいいのに。

 もうとっくに、俺たちの間には兄妹愛も家族愛も、存在しないというのに。

「それでは、今日は本当にありがとうございました、大森さん」

 大森さんには、俺のゲーム仲間として妹に紹介させてもらいました。

 妹は引きこもってから、格闘ゲームにはまり、ひそかに対戦相手を渇望していたようだったので、隠れゲーマーである大森さんなら妹の相手をするには適任だと判断したのです。ちなみに、大森さんが隠れゲーマーだということは、俺が心を読むまでも無く、クラスの中では結構知られた話題なのです。

 そして予想したとおり、大森さんと妹は大変意気投合し、日が暮れるまでゲームに明け暮れました(ちなみに俺は隅で漫画を読んでました)。そして現在、日が暮れた後に女の子一人だけ帰せないので、俺が大森さんを自宅まで送っている最中というわけです。

いやぁ、妹があんなに楽しそうに笑ったのを見たのは随分久しぶりで、その感謝の気持ちを素直に言葉にしたというのに、なんで固まってるんですかねぇ、大森さん。

「驚いた。まさか、冬治くんからお礼を言われるとは思っていなかったよ」

 大森さんが目を丸くして言いました。

「失礼ですね、俺のことを何だと思っているんですか?」

「血の通っていないロボット野郎」

「せめて人間扱いしやがれ」

 ・・・・・・ひでぇなぁ、おい。思わず、昔の口調に戻っちまうほど、心が傷付いたぞ、こんちくしょう。

「凄く驚いた。まさか冬治くんがそんな言葉遣いするなんて。いつもは猫被っているのかな?」

 大森さんは顔をにやつかせながら、上目遣いで俺を見つめてきます。

 本当に、この人は賢い上に勘が鋭いから困りますね。

「別に猫なんて被っていませんよ。ただ、そうですね、ちょっと昔を思い出しただけです」

「ふぅーん」

 特に興味がなくなったのか、大森さんはあっさりと視線を外しました。

 そのまましばらく俺たちは何を話すでもなく、沈黙を保ちながら、薄暗い黄昏を歩いていきます。

「ねぇ、冬治くん」

 最初に沈黙を破ったのは、大森さんでした。

 視線は進行方向に向けたまま、視線を合わせずに語りかけてきます。

「余計なお世話かもしれないけどね、兄妹で敬語って、私は変だと思うよ?」

「本当に、余計なお世話ですね」

 俺も視線を合わせずに返答します。

「一言で表せば、複雑な家庭の事情という奴ですよ」

「実は冬花ちゃんと血とか繋がってないの?」

「失礼ですね、冬花さんはれっきと血の繋がった俺の妹ですよ・・・・・・ま、半分は、ですがね」

 よくある話。

 ほんと、義理の兄妹なんて、よくある話じゃないですか。

 愛が無くなった夫婦が別れるぐらいにはね。

「ただ、お互い、思春期に兄妹っていう関係になってしまったので、どうしても他人行儀になってしまっているだけですよ」

「そういうものなの?」

「そうですね。一年前まではそれなりにうまくやれていたと思っていたんですけど、ちょっと最近は仲が悪いですよ」

「え? 私には仲良さそうに見えたけどなぁ」

 俺たちは会話をする。

 視線を交わさない会話。

 好意なんてものはお互いに存在しない、乾いた会話。

 だからかもしれませんね、今日の俺が無性に口が軽かったのは。

「本当にそうだったら、いいんですけどね。あいにく、俺が妹に愛されていたのは昔の話ですよ」

 俺の言葉に反応して、分かりやすいほど大森さんの心が嫉妬しています。

 表面では取り付くっているようですが、内面では『はぁ? ふざけないでよ、このロボット野郎! 冬花ちゃんとお前の間に愛なんて存在するわけないだろ!?』と、叫んでいるみたいですね。

 まったく、人が折角、心を読まないようにしているのに、勝手に感情を垂れ流さないで欲しいものです。

「安心してください、大森さん。俺は冬花さんを妹としか見ていませんから」

「それはそれでむかつく!」

「理不尽な」

 ふん、と大森さんは大きく鼻を鳴らすと、胸を張りながら宣言しました。

「でも安心していいよ! 私が冬花ちゃんとラブラブになった暁には、ついでに冬治くんとの兄妹仲も取り持ってあげる!」

「ちなみに、妹にいかがわしいことをしたら殺しますからね?」

 やけに自信満々で言う大森さんに、俺は一抹の不安を覚えます。

 これでも俺は冬花さんの兄ですから、妹が道を間違えないようにしないと。大森さんを紹介したのはあくまでも友達としてであって、そこまでの間柄になることを許したわけじゃない。

「ふっ、なぁーんだ。なんだかんだ言いつつ、冬治くんは冬花ちゃんのことを大切にしているじゃん。相変わらず無表情だけどさ」

「・・・・・・妹を大切に思わない兄なんていませんよ」

 冬花さんは本当によく出来た妹だ。

 実際、一年前まで、俺は冬花さんのおかげで良い兄妹関係を築けていたと思います。

 そして、それを崩したのはこの俺。

「けどですね、大森さん。妹はこんな兄なんかさっさと忘れるべきなんです。兄のことなんかあっさりと見捨てて、中学生らしく青春すればいいんですよ」

 大森さんは足を止め、俺の方を振り向きました。

「冬治くん、その言い方だと、冬花ちゃんが引きこもっているのは冬治くんが原因だって言っているみたいだよ?」

「やはり、気付いていましたか」

「気付かないわけないでしょ? 露骨に学校の話題を避けているし、そもそも、思春期の妹が下着を兄に買わせるっていう状況が異常だもん」

「実際、あいつが引きこもったのは、俺が原因ですからね」

 俺も足を止め、大森さんを向かい合います。

 大森さんの視線からは、疑惑と嫌悪の感情が混じって伝わってきました。

「私には冬治くんと冬花ちゃんの間に何があったのか知らないけど、感情にままに言わせて貰うよ」

 大森さんは目を逸らすことなく、言い放った。

「冬治くん、貴方は最低だ」

 俺も目を逸らさずに答える。

「知っていますよ、それくらい」

 そしてまた、俺たちは黙って歩いていきます。

 

 

 私は、自分の部屋に戻るなり、そのままベットに突っ伏した。

「うぅ、私、最低だぁ」

 今思い返してみると、いくらなんでも、冬治くんに対して『最低』って言うのは明らかに言葉が過ぎている。あの時はなぜか無性に腹が立って、思ったことをそのまま口にしたったけど、良く考えれば他人の私が冬治くんと冬花ちゃんの問題に口を出すこと事態が間違っているし!

「うー、あー」

 私はどうにもならないもどかしさを拳に乗せて、枕を叩く。

 冬花ちゃんが何か困っているならもちろん、喜んで助けたいんだけど、なんか、違うんだよなぁ。

 普通、引きこもっているならもっと、後ろめたい感情があるというか、何かしら『影』みたいなものが感じられるはずなんだ。けど、冬花ちゃんにはまったく、それを感じない。むしろ、どこか充実感すら持っていたような気がする。それも、『働いたら負け』という感じの暗いものじゃなくて、何かを成し遂げているみたいな。

 対して、冬治くんの態度は暗すぎる。

 普段の無機質な仮面の内側から、隠しきれないほどの後悔と自虐が感じられた。

 二人の間に温度差が在りすぎるんだと思う。だから私はこんなにも違和感を持ってしまっているんだ。

 明るく、完璧な美少女である冬花ちゃん。

 無表情で、人の心が読める能力を持つ冬治くん。

 対照的な二人の間に、一体何があったんだろう?

「まー、冬花ちゃんを攻略してからゆっくりと考えればいいかー」

 とりあえず、当面は私の恋に全力を注ぐことにする。

 どうせ、私にできることなんて少ないしねー。だったらほら、自分のことを優先というか、しっかりと自分の悪いところも反省したし。

「ではではっ、気を取り直して『冬花ちゃんとラブラブ作戦』を考えますか!」

 私は勢いよくベットから起き上がり、シャーペンとノートを片手に、恋する乙女へと意識をシフトさせた。

 

 けど、私は後に、このときの自分がいかに甘かったということを思い知らされることになる。

 確かに、冬治くんは言ったはずだったのだ。

『ようこそ、非日常へ。大森杏奈さん』

 心が読めるという異能を持った冬治くんと、その周囲と関わるということは、私の知らない世界に足を踏み入れる事だと。

 あんなにもはっきりとした言葉でいったのに、私はその重大さを理解できないでいた。

 


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