役者不足と自己嫌悪
俺こと、伊藤宗次は最強だ。
文字通り、俺はこの世界で一番強い。単純に、力の総量から言っても、一番だし、どんな能力を用いたとしても、俺を倒しきることは出来ない。
なぜなら、最強だから。
そうであれと、世界に定義されたから。
なんて、つまらない存在なんだろう? ただ、そうであれと言われたから、そうであるだけの存在なんて。
一度は誰もが最強の自分を夢想するだろう。
どんな敵が来ても負けない。
チートな力を持っていて。
いつだってクールで。
時に優しくて。
もしも、ピンチに陥ったとしても、ご都合主義で解決。
そんなガキ染みた妄想を。
けどさ、妄想は妄想なんだ。現実にしちゃいけない。そんな、頭の悪い幻想を現実にしてしまったら、この俺みたいな、つまらない存在が出来てしまうのだから。
空間操作とか、遺物作成とか、そんなチートな能力なんか、俺は持っていない。持って居なくても、俺は最強なのだから。
無限と称されるほどの力を持っている。ただ、それだけで、最強は成立する。
空間操作?
ああ、片手で消し飛ばしてやったよ。
遺物作成?
うん、間違えて踏んだら壊れちゃったな。
能力コピー?
え? 致命的に熱量が足りないから、無理だったらしいですけど?
不死身?
死ななかったら、存在ごと消し飛ばした。
幼い頃から緻密に鍛錬を繰り返し、極意を手に入れ、膨大な魔力と得意な能力を手に入れた鬼人。
すみません、長いんで、デコピン一発で充分っすね。
力がある。
ただそれだけで、どんな法則も踏みにじり、どんな努力も泡と返し、全てを塵芥として消し去ることが可能だ。経験談だからこそ、嫌というほど分かってしまう。
そして、そんな力を振るうのが、よりにもよってこの俺なのだ。
最強であること以外は、大した特徴は無く、大した思想も無い。コンビニのバイトをこなすのだって、教えられたことは一度で覚えられないし、同じ間違いも繰り返す。自分の駄目さ加減が嫌になって、自堕落に浸る。
なにより、駄目な自分を知っておいて、それを変えることができない。
「まったく、話にならないレベルの駄目男だよなぁ、俺」
――――問題は、そんな駄目男な俺が、一丁前に恋をしているということだ。
「んにゅ? っと! 君は何、生温かい視線で見ているのかね!? ふん、いいかい? これはあくまでも君を油断させ、君の力を奪い取ろうとする私の策略だからな! 別に、偶然、良い魚が手に入ったから、君に食べさせようと思って料理しているんじゃにゃいんだからな!」
お玉片手に、エプロン姿で色々駄目な発言をしている赤毛の少女。
赤毛であるという以外にはこれといった特徴は無く、普通に可愛らしい、料理上手は女の子。
本名不明。
自称【魔法使い】。
自分をファウストという、悪魔と契約した魔術師の名を呼ばせている、世界に嫌われた狂気の女の子。
俺は、どこにでも居るような男として、彼女に恋をした。
恋をする資格なんて、到底ありはしないのに。
今まで俺は、色んな物を踏み潰して生きていた。
大抵はどうしようもないクズどもだったが、それ以外にも、俺が尊いと感じる者だって確かに居たんだ。俺なんかじゃ、到底及ばない覚悟と努力を背負って、大切な者のために俺に挑んだ者も居たんだ。そして、その全ては俺が塵芥として葬ってきたのである。
言い訳なら、もちろんある。
どうしようもない状況だった。
俺は死にたくなかった。
俺は巻きこまれただけで、一方的に殺されそうになっただけだった。
だから、しょうがないから自己防衛。
復讐されても困るから、根絶やしで。
……思えば、俺の力がアホみたいに飛躍して向上していくのは、そう言った崇高な志を持った連中を踏み潰した後だった。俺が後悔すればするほど、俺の力は反比例して増大していき、仕舞いには、『管理者』と呼ばれる神の如き存在まで破壊してしまった。
破壊してしまったから、あの黒髪の少年を呼び出してしまったのである。
『おう、よくここまで辿り着いた、ゴミクズ野郎。ただの力任せでここに辿り着いた馬鹿は俺以来だ、喜べよ、駄目人間』
黒髪の少年は荒々しく吐き捨て、今まで向かい合った誰よりも恐ろしい威圧を俺に放った。
その時、初めて俺は本当の『死の恐怖』を味わった。
黒髪の少年は本当に強かった。
俺と同格の力を宿しているのに、俺より意志が強く、俺より努力していて、俺よりも力の使い方を理解していた。
完全に俺の上位互換。
幾つもの銀河を破壊しながら続いた『最強』決定戦は、終始俺の劣勢で行われ、終には止めを刺される一歩手前までいった。
俺は情けなく、泣きながら自分の死を恐怖して、みっともなく逃げ回った。
うん、完全に俺が悪役だ。
今まで好き勝手に振舞った駄々っ子が、本当の『最強』に出会い、みっともなく負ける。これで世界は救われ、愛と平和が世界を包む。
…………そんな物語でも良かったはずなんだ。
「死にたくない」
黒髪の少年の拳が俺の心臓を貫いた時、今までとは比較にならないほどの衝動に襲われた。力の渇望。死への忌避。それが俺を、『超越者』として覚醒させてしまった。
心臓は一瞬で再生し、駄々っ子のパンチのような一撃で、黒髪の少年の半身は吹き飛んだ。俺はとても怖かったから、そのまま容赦なく黒髪の少年を粉々に破壊した。
悲鳴も苦痛も、与える暇も無く消し去った。
そのはずなのに。
『ざまぁみろ、お前がこれから『最強』だ』
無となったはずの黒髪の少年が放った、最後の言葉が、今でも俺の心に突き刺さって、抜ける気がしない。
何が間違いだったのだろうか?
俺がこんな莫大な力を持っていたことが?
俺がこんな駄目人間であることが?
俺が両親と共に火事で死ななかったことか?
それとも、
「生まれたことすら、間違いだったのか?」
答えは出ない。
神様に聞こうにも、神様はとっくの昔に俺が殺してしまっていた。
「俺は……」
果たして、誰かを愛するだけの資格があるのだろうか? いや、そうじゃない。誰かを愛する資格が無いクズ野郎が、何、一丁前に恋なんかしているんだ、身の程を知れ。これはきっと、こういうお話だろう。
「ほら! なに、お笑い番組を見ながら鬱になっているんだい!? そんな奇妙な精神構造をしている暇があったら、私が作った料理を運びたまえ!」
……それでも。
「ああ、分かったよ。ファウスト」
誰かに恋する心は止められない。
だから、苦しいんだ。
●●●
私、ファウストこと天城美幸は狂人だ。
生まれた時から価値観がおかしく、人が眉を顰めて嫌悪するおぞましい事柄に惹かれた。人と共感することが少なかった。
でも、自分で自分がおかしいと分かっていたから、必死で仮面を被って、見た目どおりの平凡な女の子を装うことにしたのである。ずっと、己の中の獣を眠らせ、ずっとこのまま、平凡の折の中で過ごすのだと思っていた。
そんな時だった、私の手元に一つの魔導書が届いたのは。
異能【グリモワール】が私に継承され、【魔法使い】となったのは。
奇跡が起きたんだと思った。
だって、ずっと妄想していたことだったから。女の子が空から降ってくるみたいに、いきなり私に凄い力が覚醒して、思う存分、私の獣を暴れさせることを。
そして、私の願いは見事に叶った。
ずっと欲しくてたまらなかった玩具を手に入れた子供みたいに、そりゃ、色々とやった。他人が聞いたら思わず眉を顰めるどころか、胃の中の物を全部吐き出してしまいそうな、そんな狂気を撒き散らした。
なのに、私は気付いてしまったのである。
自分の中途半端さに。
「ふふん、どうだい? なかなかの焼き加減だろう。最近は鰯も貴重になってきたんだから、しっかり味わって食べたまえ」
「ああ、うん。とってもおいしいよ、ファウスト」
今、私の目の前に最強の男が居る。
名前を伊藤宗次と言い、最強である以外は、特に何も語れることが無い、ただのフリーターだ。いや、最強であるってことだけで、私は充分だと思うんだけど、伊藤君が言うにはそうではないらしく。
正直に言おう。
私は、この男に好意を持っている。
ロマンチックに言ってしまえば、恋だ。私はこのうだつの上がらない男に恋をしている。しかも、最強であることとか、そんなことはさっぱり関係なく、なぜだかよくわからないが、こいつの隣にいてやりたい気持ちで胸が一杯なのだ。
そう、年頃の女の子のように。
自分の気持ちを自覚してしまったとき、私は「ふざけるな」と思った。いや、思っただけじゃない。喚いて、泣いて、暴れまわって、この残酷な事実から逃げようとしていた。
おかしいよ。
こんなの、おかしいって。
何で今更、この私は普通の女の子の感性を取り戻さなきゃいけないんだよ。子供の頃からずっとずれていて、その所為でこの世界が大嫌いで、いつも死んでいるような気分で呼吸していてさ! なのに! どうして!?
…………分かっているよ。分かっているってば。本当はさ、【魔法使い】になって、あの冬の王と対峙したときから、ずっと分かっていたんだよ。
私は確かに狂人だけど、それなりに凡人でもあるんだって。
人が思わず眉を顰めてしまうようなことが好きだ。
でも、同時に、人が涙を流して感動できるようなことも、好きなんだ。
清濁合わせて、私は人という生き物のあり方が好きなんだって。
だから届かない。
【最後の魔法使い】と呼ばれた先代に。
大殺戮を行った希代の殺人鬼に。
終末の冬を纏う、孤高の王に。
あまつさえ、ただの復讐鬼にさえ遅れを取る。
私に出来ることといえば、その場しのぎでにげて、なんとか生をもぎ取って、小悪党のように、有象無象をそそのかして魔法具を与えることだけ。その魔法具の出来さえ、私じゃ、全然駄目だって分かってからは、あんまりやっていないし。
「かといって、今更、普通の女の子に戻るのもなぁ」
ほとんど毎日の日課になってしまっている伊藤君のご飯作りを終え、それなりに楽しい団欒も追え、私は一人で夜空を漂っていた。魔法具【レッドバルーン】の効果で、重力からの制約から逃れ、ふわふわと星の海を見上げながら漂う私。
誰にも出来ることじゃないし、こんな芸当が出来る者は少ない。異能【グリモワール】の力を得ている私によってはむしろ、この程度は朝飯前。というか、出来ないことの方が少ないぐらいだった。
それでも、彼らには到底、届かない。
けれど、今更普通の女の子に戻るには、私は色々とやりすぎた。
とっくの昔に、私は引き返せるラインを踏み越えてしまったのだから。己の獣に身を任せ、人の法を超えてしまったのだから。
そう考えると、私のような狂人が恋心を持つこと自体、間違いのように思えてくる。
というか、間違いだろう。
私のような外道が、恋なんてさ。
「……でも」
なんとなく、私は遠い星の光に手を伸ばす。
届かないことは知っている。でも、伸ばさずには居られなかったから、伸ばした。
「あーあ、恋って本当に厄介だなぁ」
この胸を締め付ける苦しさと、甘酸っぱく、苦い感情を知ってしまったから。
手を伸ばさずには居られないんだ。




