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いつも心にBGMを  作者: 六助
復讐鬼
35/45

因果と復讐の葬送曲

 復讐者は止まらない。

 俺はそのことを良く知っている。自分自身が復讐者であったから、復讐を終えなければ、もうどうしようもないという状態に陥る人間の心理を理解できる。

 例えそれが、見当ハズレの八つ当たりだと分かっていたとしても、水面楓はその刃を止めることは出来ないだろう。

 もう固まってしまったから。

 どうしようもないほど強固に、怒りの業火で焼き付けてしまったのだから。

 だから――

「復讐者を止めたいのなら、息の根を止めるしかない」

 場所は灰ビル郡から二キロほど離れた、街外れの森林地帯。近くに国道が通っているが、少し森の方へ入っていけば、人気はまず無い。

「……桐生ぅ!」

 そこで俺は、『復讐鬼』水面楓と相対していた。

 楓の顔に刻まれていたのは、憤怒。

 今にも奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、頬を引きつらせている。刀の【スクリブル】持っていない手は、握り締めた拳から赤い雫が滴っていた。揺れる黒色の瞳には、もはや正気の色は窺えない。日没が近いこの時間帯でさらに、鬱蒼と空を覆う木の枝を天井とした所為で、視界がほとんど利かないにも関わらず、楓の瞳は寸分違わず俺を見据えていた。

「殺す」

 既に抜き身の銀刀を走らせて、木々を二三本、袈裟型に切断。

「殺す殺す殺す」

 切断音すら聞こえなかった。ただ、視界がずれるかのごとく、目の前の木々がずれていき、ずずん、と重低音を森に響かせる。

 なんという一振りだろうか。

 【スクリブル】と『魔法具』の加護があったとしても、ただの一般人が振るう一撃じゃない。

 無駄な力も、速さすらも必要とせず、ただ、書道家が一筆引くかの如き滑らかな一閃。それを可能としたのは、恐らく、愚直なまでの反復練習。楓は恐らく、己の狂気のまま、ただ、ひたすら毎日刀を振り続けたのだろう。あるいは、ただの棒切れだったのかもしれない。しかし、ただ、振り下ろすという行為を愚直なまでに真剣に、それこそ狂気の領域で反復すれば、あるいはこの業に辿り着けるのかもしれないな。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――死ね!」

 狂気に任せた、子供のチャンバラの如き剣閃。されどそれは、だからこそ、獣の牙の如く、より洗練されていた。

 森に生えた立つ木々など、何の障害にもならない。森の中を走り回り、神速の域で刀の間合いを捕らえてくる。

「ちぃ」

 俺はコート下に仕込んでおいたフラッシュバンのピンを引き抜き、放り投げる。同時に、発生する閃光と音から身を守る簡易の魔法を行使した。この程度の下級防御なら、戦闘中にも行うことが可能であり、至近からフラッシュバンを放り投げるなど、常識外れの行動ができるのだ。

 眼球を覆う魔力の膜が余分な光をカット、音響も同じ空気振動をぶつけることにより相殺。これにより、一方的なアドバンテージを得られる。

「砕けろ」

 手元に【スクリブル】を召喚。

 右手に冷たい鉄の感触を握りながら、突然の閃光と音響で、思わず膝を着いた楓の頭蓋を砕かんと振り下ろす。

「なめ――るなぁ!」

 ぎぃん、という鉄を掻き毟ったかのごとき異音。音源は鉄パイプを受け止めた、刀から。

「この程度ぉ!」

【サトリ】の異能が俺に危険を知らせる。

 復讐の業火で包まれた楓の思考から、僅かに次の行動を予測。そのまま鉄パイプに力を込めて刀を弾き、その反動を利用してバックステップ。次の瞬間、俺が居た空間を何かが奔っていき、トレンチコートの端を切り裂いた。

「はっ。多々良の奴、よっぽど気に入ったんだな。よりにもよって、二本一対かよ」

 無手だった左に召喚されたのは、小刀だ。右手の刀を弾かれた瞬間を狙い、僅かな気の緩みを狙ってそれを奔らせたのだろう。

 多々良という男は、自分が作り上げた作品。【スクリブル】というシリーズを存分に使いこなす人間を探している。委員会という組織に属するSランクの鍛冶師にも関わらず、必要であるのなら、世界の敵にすら自分の【スクリブル】を与えてしまう、気まぐれなのだ。むしろ、わざわざ俺に連絡をよこしてきたこと自体、あの気まぐれの行動では良い方だ。

「しかし、これじゃ、ちょいとやばいな」

 時に蛇の如く。

 時に獅子の顎の如く。

 千変万化の変化を見せながら、復讐者が振るう二刀は、確実に俺を追い詰めていた。切っ先はかすらなかった物が、頬や腕を掠り。徐々に切っ先が食らう量を増やしている。

 元々、俺と楓とでは相性が悪いのだ。

 俺の戦闘スタイルは【サトリ】の能力により、相手の脆弱性を見つけ、そこを砕けるように誘導しながら、【スクリブル】を振り下ろす。

 だが、楓の戦闘スタイルは、とにかく刀を振るう。それだけ。より効果的に、より速く、相手を切り刻むために、常に最善を求め続ける。そう、最善を求め続けるが故に、楓の思考を読んでも意味が無い。

更新され続ける最善に、加速していく楓の速度。

 どれだけ思考を読み進めようが、体そのものが付いていかなければ、防御することはできないのだ。シンプル、それ故に、一番俺とっては恐ろしい。加えて、既に俺は瀕死の重傷を抱えている。なんとか表面上は魔法で塞いで整えることはできたが、長く戦闘は――

「ぐっ!?」

 と、足を取られた。

 最悪だ、不覚にもほどがある。一瞬、一瞬、死線を潜り抜けるプレッシャーと身体的磨耗が、足元の把握というごく初歩的な基本を怠ってしまった。地面から露出した木の根に足を取られ、俺はバランスを崩し、

「死ね」

 楓が放った、銀の一閃により肩を木の幹に縫いとめられ、残った長刀で俺の心臓を刺し貫かれた。

「――ぁ」

 普通の人間なら、致命傷だ。

 けれど、体の大半を魔法に代替している俺なら、なんとか、生を繋げることが出来る。ただ、繋げることができるだけ、だが。肩と胸から流れる血液だって、既に体温を失っている。もう長くはない。

「……くそ、少しは、嬉しそうな顔でも、しろや。殺人鬼」

「黙れ!」

 叫ぶ楓。

 けれど、その叫びには純粋は憤怒ではなく、別の感情も混じっていた。

「なんでだよ! くそ、くそっ! なんでだよ! もうすぐ殺せるんだぞ? なのに、どうして? どうしてだよ!?」

 俺の心臓を貫く手を震わせ、楓は瞳から涙を零して荒れ狂う。

「どうして! 殺せるのが嬉しくないんだ!?」

 復讐鬼は、笑わない。

 己の存在理由を果たせるというのに。

 ああ、それとも気付いていなかったのだろうか? 復讐を終えるということはつまり、『完全に死者を認めること』なのだと。

 本当に死者を終わらせてしまうほどなのだと。

「あぁあああああぁあああああ!」

 知ってしまった、当たり前の結末に、楓は鬼哭する。人の道を外れてしまった鬼は、死者を悼んで泣き叫ぶ。

 惨めだ。

 かつても俺よりも、ずっと。

「……そうだ。まだ、まだ終わっていないよ」

 やがて、何を思いついたのか、楓はぱぁと明るく微笑んだ。瞳からはだらだらと涙を流し続けながら、不自然なほど、明るく。

「こいつから、大切な者を奪っていない。こいつの大切な者を全部、全部、そうだ。まずはあの杏奈っていう子から――」


「待てや、復讐鬼」


 残された左腕で、楓の顔面を殴り飛ばす。心臓を貫く刀は無理やり引き抜き、凍らせて止血。全身の血管を締め付け、動かすことにより心臓の代替とする。右肩を貫いた小刀を引き抜き、損傷した部分を魔法で代替。

 もう、体の全てが魔法で出来ているような状態だが、構わない。

「……おい、テメェ。さっき、なんて言った?」

 どうせ死んだら、俺の痕跡が全て消えて、こいつから大森さんの記憶が消えるとか、そんなのも全部、どうでもよくなった。

「大森杏奈を俺から奪う、って言ったか?」

 見逃せない。

 そうだ、その言葉だけは見逃すことは出来ない。

 まだ、復讐で殺されてやることは、受け入れてやることはできるが。

 だが、たった一つ、俺が冬の世界で手に入れた温かみを、奪わせることなど許しはしない。絶対に。何があったとしても。

「そうだ……桐生、私はお前のその目が見たかった! お前が、そうでなければ! お前も大切な者を失わなければ、いけないんだ!」

 なんて、哀れ。

 既に己の理性など、とうの昔から焼ききれていたのだろう。水面楓は、ひたすら、感情のままに笑い、嗤い、獣の如く犬歯を剝く。

「お前も私と同じにしてやる!」

「ほざくな、復讐鬼」

 今、分かった。

 こいつは本当に鬼だ。死者の重みに耐え切ることができず、かといって、自分の狂気に耐え切ることも出来なかった鬼だ。

 復讐者であった俺とは、決定的に違う。

 まだ、守る者がある俺とは、違うんだ。だからな、水面楓。

「自衛させてもらうぜ。大森杏奈は俺の生活圏内だ。誰にも奪わせはしない」

「――それを、お前がっ!」

 刀を拾い、そのまま袈裟型に切り上げる楓。

 ああ、神速の一撃だろう。だが、予めそこに来ると分かっているのなら、その激情を理解しているのなら、一瞬ぐらいは時間を稼げる。

 たんっ、と軽いバックステップ。

 虚しく刀は空を切る。

「言うなぁあああああっ!!」

 けれど、当然の如くそれは連撃。自らの怒りが収まらない限り、刀を振るう神速は止まりはしない。

 そう、俺が強制的に止めでもしなければ。

「…………な……あ」

 復讐鬼の動きが鈍る。

 神速は俺に近づけば近づくほど速度を失い、やがて、ナメクジにも劣る進行速度に。

「気付いていなかったか? それとも、テメェの激情に飲まれて、考える頭すら煮えたぎっていたか? 俺がこの森林にお前を誘ったのは、戦い安さからじゃねーぜ? 考えても見ろ、そっちが剣を振りにくい地形だ。当然、俺も鉄パイプを振るのは難しいだろうが」

 復讐鬼は鬼の形相で刀を振るおうとするが、無駄だ。なぜなら、この法則はどれだけ力を持とうが意味を為さず、全てを終わらせる終焉の物。

「俺が何の策も無く動くわけねぇだろ? ほら、せめて耳を澄ませてみろ。聞こえないか? お前を止めている音が。俺の、BGMが」

 それは、かすかに森に音を響かせていた。

 いつも俺の心象風景で鳴り響くBGMじゃない。その曲と対になる曲を。静かで、けれど心が安らぐまっすぐなラブソング。

 音を響かせるのは、予め用意しておいた、陳腐な携帯型の音楽再生装置。そんなに大した音は出せないが、俺自身の耳に届かせることぐらいはできる。ずっとずっと、忘れていた終わりの歌を思い出すことぐらいは、できた。

「お前は何回俺に触れた? 何回斬った? それの血液を浴びた? 『終焉』をこの身で体現する俺と、どれだけ関わり合ってしまった?」

「……お、ま……え、え、え……」

 既に水面楓の体には霜が走り、終わりの白色は瞬く間にその面積を増やしていく。

「おせぇよ」

 全てが遅い。

 俺と戦うことを選んでしまった時点で、いや、復讐鬼と成り果てた時点でもうお前は終わっていたんだよ、水面楓。

 さぁ、そろそろ幕を下ろしてやろうか。

 哀れで愚かな復讐鬼の物語に、終わりを与えよう。



「いつも心にBGMを――終焉の歌(エンディング)


 魔法のように唱えた俺の言葉と共に、終焉の歌が世界に響き渡った。



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