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いつも心にBGMを  作者: 六助
復讐鬼
30/45

復讐の始まり

お待たせしました、ようやく再開になります。

 愛しい人が居た。

 何よりも大切で、絶対に守りたい人が居た。

 守りたかったはずなのに。


「やぁ、姉さん―――よ」

 

 思い出せない、愛しい弟の言葉。

 まるで、記憶がパズルのピースみたいに欠け落ちていて、どうしても思い出せない。

 ただ、唯一、思い出せるのは、

「これで終わりです。遺す言葉はありますか?」

「……無い、なぁ」

「そうですか。では、来世で貴方が――――ように」

 トレンチコートを靡かせた男が、放った数発の銃弾。

 それが弟の胸を食い破り、ぱっ、と赤い花びらが舞った。

 声すら出せない。

 怒りすら浮かばない。

 それは海の底に叩き込まれたみたいな、一切の光が差さない絶望。存在理由の剥奪。

 私は、私で居る理由を失くした。

 どれくらい時間が経ったんだろうか?

 私はただ、日常生活を繰り返す人形に成って、惰性に任せて生きていた。いや、死んでいた。死人から蘇ったのは、今から一年前の出来事。

 ふと、弟が死んだことを理解してしまったことから。

 いくら弟の名前を呼んでも、弟は呼び返してくれないし。どれだけ弟の部屋を探しても、弟は出てこない。

 そうだ、死んでしまったのだ。

 殺されたから、死んだのだ。

 なら、私がやることは決まっていたじゃないか。ああ、随分と時間を無駄にしてしまった。最初から、そう、弟が殺された直後に、こうしていなきゃいけなかったのに。

 だから私は――――



「やぁ、よくここが分かったね」

 私が【魔法使い】を見つけたのは、どことも知れぬ寂れた街の、入り組んだ路地を抜けた先にある古ぼけた駄菓子屋だった。

 魔法を売ってくれる店がある。

 私が通っている大学では、そんな噂がまことしやかに流れていた。噂の出所は分からず、ほとんどの人間は眉唾な代物だと思っているが、一部の人間だけは知っていた。本当に【魔法使い】が居るのだと。

 実際、魔法を手に入れたという人にも会ったことがある。

 彼が取り出して見せたのは、一つの小さなベルで。そのベルを鳴らすと、まるでファンタジー世界によくある魔法のように、目の前に焼き魚定食が現れたのだ。さっきまで何も無かった空の中から。最初は手品かと疑ったが、彼は私の視界を一切制限することなく、それを為して見せたのである。なるほど、ならばそれは本物だ。まるで、当たり前を当たり前と思うように、私はすんなりと納得した。

 こうして、確証を得た私はありとあらゆるネットワークを使い、ここまで辿り着いた。

「君が望む魔法はなんだい?」

 駄菓子屋のレジに佇む、黒ローブの魔法使いは囁くように尋ねてくる。

 まるで、脳髄に小さな虫がたかるかのような不快な声だったが、私はこれくらいで動じない。そもそも、動じる必要なんて無い。

「速さが欲しい。誰にも触れられないような、そんな速さが」

「……へぇ、速さね。お姉さん、ひょっとして陸上部とかかい? いや、ぱっと見、鍛えているように見えたからさ」

「……」

「くすくす、さしずめ、敵わないライバルでも出てきたってところかい? どうしても敵わない才能に憧れ、妬み、手を伸ばそうとしているのかい?」

「……御代は?」

 私の声が、【魔法使い】のうざったい声を切り捨てる。

 理由なんてどうでもいいんだ。

 さぁ、早く対価を言え。

 お前が欲しいのは、金じゃないんだろう?

「焦らない、焦らない。そうだねぇ……」

 【魔法使い】はローブの置くから覗く赤い目を光らせ、呪いの如く言葉を紡ぐ。

「じゃあ、『止まらない』事を対価に貰う。これから君は絶対に立ち止まることはできない。もしも、止まってしまったのなら――」

「それでいい。はやく、よこせ」

 なんだ、そんなことかと私は即断する。

 もとより私は、もう止まれない身だ。頼まれたって、止まってやらない。そんな私に『止まるな』だと? はははっ、それは一種の皮肉なのか?

「やれやれ、せっかちなお姉さんだ。それじゃ、ほら、手を出したまえ」

 手を差し伸べると、【魔法使い】は私に金製の指輪を渡してきた。

「名は『アキレウス』だよ。君が望むのなら、風より速く、音すら置いていける」

一見、普通の指輪にしか見えないのだが、掌に置かれた瞬間、何か、途方も無い物の一部が頭の中に入ってくる。

「さて、これで契約成立なのだが……ああ、すまない。言い忘れてしまったよ。私が渡す【魔法具】は、意志の弱い人間相手だと、あっという間に人格を潰すんだ。まぁ、だからほら、段々と様子を見ながら使っていった方がいいよ」

 …………様子を見ながら、だと? 今更、この私に歩みを遅めろと? はっ、冗談にもならないな。

 私はクソうざったい『それ』を憎悪の炎で焼き尽くし、全権を掌握。指輪を強く握り締める。

「…………お前が最初だ」

「ん? 何が――――――」

 【魔法使い】が首をかしげた瞬間、そのままずるり、と首がずれていき、ずじゃ、という汚い音と共に床に生首が転がった。

「お前ら【魔法使い】なんて居なければ、私の弟は殺されなかったんだ」

 なるほど、確かに速い。私の行動だけでなくて、【スクリブル】の召喚も含めて、加速されているのだな。そんな風に私は『アキレウス』の性能を確かめながら、ため息を一つ。

「まだ、止まるわけにはいかないんだよ」

 鮮血が付着した【スクリブル】を一閃、不純物を吹き飛ばし、元の鞘に収める。

 待っていろ。

 お前が忘れていたって、私は忘れない。

 貴様をこの手で必ず殺してやるぞ――――桐生冬治ぃ!!



●●●



「ぷはー、死ぬかと思ったぁ」

 私は生首の転がった、自分のデコイを眺めつつ、額から流れる冷や汗を拭う。

「まさかいきなり【魔法具】の限界を突破した領域で使いこなすとは。やはり、問題は【魔法具】自体の性能よりも、使い手の意思にあるようだな。意志が強ければ強いほど、【魔法】は比例して増大していく」

 だからか、と私は目の前に転がるデコイを眺めて、自嘲した。

 私が扱う【魔法】がこんなに脆いのは、恐らく、私自身の意思が脆弱だからだ。私の狂気は先代と比べるまでもなく、弱い。脆い。中途半端だ。

 だから、どのような概念を持つ【魔法】を作り上げようとしても、私自身が使用するのなら、それは劣悪に成り下がる。

 実際、あの『アキレウス』を使用して、私はあそこまでの速度を出すことなど一度もできはしなかった。

 才能の違い、というよりは性質の違いなのだろう。

 きっと、私はどこまで言ったって、あの女のように何かに対して一途になれることなど、ありはしないのだから。

「はぁ……彼の所にでも行くか」

 少し自信を失くしてしまったときは、彼のところに遊びに行くようになった。

 あの、最強の癖にとても弱い彼のところへ。

 彼を見ていると、なんというか、こう、「自分もまだ大丈夫」とか、「まだやれる! まだやれるって!」みていな気持ちになれ……ん? これって、ひょっとして、あの、傷の舐め合いとかそういう類のネガティブな奴ではないのだろうか?

「……だから所帯じみているとか言われるのだ」

 私はため息を吐きながら、彼が住むアパートに転移する。

 彼はバイトで疲れて帰ってくるだろうから、今のうちに夕飯でも作っておいてやろうと思った。うん、料理の腕は私、そこそこ……少なくとも【魔法】作るより自信あるからな!

 あ、ちなみに、『まだ』私は彼と付き合っていないぞ。


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