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いつも心にBGMを  作者: 六助
首切り魔
3/45

初恋と妹

高校一年の春、桜舞い散る入学式。と紹介したいところなんだけど、私が住んでいる町は東北に位置しているので、四月になっても桜は咲かない。

 東北の入学式はみんなそうだ。

 漫画みたいに桜が咲き誇る風景なんてありえない。

 けど、私は確かにその日、美しく咲く一輪の花を見つけた。

 桜なんか比較対照にもならないくらい、美しく、そう、この世界の誰よりも美しいのではないかと思ってしまうような、女の子を見つけた。

 入学式が終わった後の帰り道。慣れない制服に袖を通した違和感と、これから華の女子高生になるのかという高揚感で、ふわふわと足取りもおぼつかない。

 本来なら、これから始まるクラス内のグループ作りや、高校生活を快適に過ごすために人間関係の構築に使われるべき時間なんだけど、入学式の帰り道ぐらい感傷に浸っていたくて、私は一人で町を歩いていた。

「あー、ちょっとそこの君。悪いけど、今、時間空いてるかな?」

 ふらふらと感傷に浸りながら歩いたのが悪かったのか、茶髪でピアスをした、いかにもなナンパ男が寄ってきてしまったらしい。

 むぅ、不覚だ。

 いつもだったら、こんな男が寄ってこない程度に注意を払うことはしていたんだけど、やっぱり、これから始まる高校生活に心が浮ついていたのかも。

「ごめんなさい、私、急いでますから」

 私ははっきりと、ナンパ男に拒絶の笑顔を見せ、早足でその場を立ち去ろうとする。

「ちょ、ちょ、ちょっ、そんなこと言わないでさぁ。ね、少しで良いから、用事を頼まれてくれないかなぁ?」

 立ちふさがるように、ナンパ男が私の行く手を阻む。

 この時点でわかった。このナンパ男は、絶対にモテない。しかも、ナンパ初心者か、性質の悪い不良かのどちらかだ。

 本当にナンパに慣れている人っていうのは、相手が嫌がる素振りを見せると、すぐに愛想良く引くもの。強引な男が許されるのは、漫画の中だけです。

「・・・・・・はぁ」

 ナンパ男はにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべたまま、私の前からどこうとしない。

 うん、ならこっちにも考えがある。

 中学時代、学校のアイドルとして不動の人気を裏付けたこの演技力で、いかにも『襲われた可愛そうな女の子』という悲鳴を上げるやるわ。

 しかし、すぅ、と大きく息を吸い、甲高い悲鳴を上げようとしたところで、私の背後から凛とした声が聞こえた。

「どいてください、邪魔です」

 なんて、澄んだ声。

 それはさながら、どこまでも広がる蒼穹を連想させるような、そんな晴れ晴れとした、心地の良い声だった。

「う、あ、あぁ」

 目の前にいるナンパ男は、何を見たのか、放心したように口を半開きにし、その場で尻餅を着く。

「ふん」

 その様子を後ろの人物がつまらなそうに一笑に付す音が聞こえ、私はゆっくりと後ろを振り返った。この澄んだ声の持ち主はどんな姿をしているのか、湧き上がる好奇心が抑え切れなかったのである。

 きっと、今まで見たことがないくらい、綺麗な人なんだろうなぁ、と頭の中で出来る限り最高のイメージを作り上げて、私は振り返った。

 そして、その人の姿を確認した瞬間、そんなイメージなんかあっさりと砕け散った。

「ん、何かご用ですか?」

 綺麗。

 それ以外、私に目の前の少女を言い表せる言葉はない。

 深い闇を押し込めたような長髪も、穢れを知らない純白の肌も、神様が設計したような完璧な体のパーツも、一つ一つ見ればかろうじて言葉を尽くせる。けれど、それら全てが合わさったこの少女を語る言葉なんて、私の中には存在しない。

「もしもし? もしもーし」

 その少女が私の目の前で手を振るけど、私の視線は少女から離れることはなかった。

 ああ、この少女が着ていれば、ただのジャケットとジーンズも天女の羽衣だよ。

「用が無いんだったら、私はこれで失礼しますね」

「・・・・・・あっ」

 少女はあっさりとその場から立ち去っていった。

 出来ることなら、ずっとその少女を眺めていたかったけど、私には彼女を引き止める言葉なんてありはしない。

 だって私は、ただの通りすがりに過ぎなかったんだから。

 恋は今まで何回かしたときがあった。

 けど、今度のはダメだ。もう、桁違い過ぎる。

 きっと、今度の恋が叶わなかったら、私はこれから恋することなんてありえない。

 もう、私には、彼女のことしか考えられなくなっちゃったんだから。

 

 

「で、大森さんは俺の妹のストーカーになったと、そういうわけですか」

「色々と台無しなことを言わないで欲しいな、冬治くん」

 そして数ヶ月、彼女について情報を集め、ついにクラスメイトである冬治くんの妹だということがわかった。だからまず、冬治くんと仲良くなって妹さんに近づこうとしたんだけれど、冬治くんは露骨に人を避けるように生活しているので、会話すらまともに出来ない。なので、冬治くんに嘘の告白をして、嫌でも私を意識してもらおうと思ったんだけれど、結果は私の完敗というわけなのである。

 結局、私はあの後、心が読めるという冬治くんに、事情聴取のように全てを暴露させられてしまい、ある条件を満たすなら、妹さんに私を紹介してくれるということになった。

 それで、どんな条件が出されるのかと戦々恐々としていたんだけどね、

「冬治くん、本当にこんなことでいいの? なんかもっと、違うことを条件に出すと思っていたのに」

「別に。クラスメイトを妹に紹介する条件なんて、この程度でしょう」

 そっけなく言う冬治くん。

 現在、私たちがいる場所は、学校近くのデパート。

 さらに言えば、女性用の下着売り場だった。

「貴方は知らないと思いますけどね、兄が妹の下着を買うときほど、空しさを感じるものは無いんですよ」

 そんなわけで私は、愛しの彼女の下着を選んでいる。

 選んでいるんだけど・・・・・・・・・・・・これはやばい。

 だって、自分が好きで好きでたまらない彼女の下着を選んでいるんだよ? 私が選んだ下着を、彼女が着るんだよ? そのことを考えただけでもう、はぁはぁ、私はもう、ぐへへへ。

「人目をはばからず発情するのはやめてください、大森さん」

「――――っ!! だ、誰がっ!?」

 相変わらずの無表情で冬治くんは私を見てくるけど、その視線に、若干の嫌悪感が混じっている気がする。

「いえ、若干じゃありません。凄く嫌悪感を持っていますよ、この変態」

「うぅ・・・・・・変態じゃないもん、純愛だもん! いいじゃん、女の子同士でも!」

「別に俺は同性愛のことを言っているんじゃありません。下着を選ぶときに、思わず男子高校生も引くほどの妄想をしている、大森さんの性格に言っているんですよ」

「ぐぅううう!」

 そうだった、この人は心が読めるんだった。

 到底信じられないことだけど、信じられるわけがないけれど、その能力は『本物』っぽい。テレビに出ているような、インチキ臭いなものじゃなくて、正真正銘の超能力。身を持って思い知った、非日常。

 こんな奴と口喧嘩するなんて、無謀極まりない。

 いや、それどころか、まともに思考することすら出来ないかも。

「ご安心を、俺はめったに人の心なんて覗きませんよ」

 その思考を読んだのか、いけいけしゃあと冬治は言う。

「嘘吐き」

「嘘じゃありませんよ。俺はいつも、自分の能力に制限をかけて、人の心を覗かないように努力しています。しかし、貴方が下着を選んでいたときみたいに、強すぎる妄想なんかは、勝手に流れ込んでくるから困り物ですけどね」

「じ、じゃあ、なんでさっきは考えていることがわかったの?」

 冬治くんは左目を瞑り、肩を竦めた。

「大森さんが、とてもわかりやすい顔をしていたもので。いつも自分を偽って、演技をしている貴方にしては、珍しいことに、ですが」

 私は、何かを言い返そうとしたけれど、下唇を噛んでそれを制する。

 落ち着くんだ、私。今、目の前に居る無表情のロボット君は、今までの相手とはまるで違う化け物なんだ。抗おうとするな、ひたすら耐えて、妹さんに紹介されるまで耐え切るんだ!

「さて、いつまでもおしゃべりしているわけにはいきません。さっさと下着を選んでください、大森さん。もちろん、妄想は控えめに」

 うん、紹介してもらった後は、こいつを思いっきり殴ろう。

 私は強く手を握り締め、笑顔で拳を作った。

 


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