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いつも心にBGMを  作者: 六助
弱肉強食ゲーム
29/45

世界が君を拒もうとも

 私は目の前の光景が信じられなかった。

 信じたくなかった。

「おーい、ファウスト。こっちは終わったぜ。あ、結果は見ての通り、こいつの勝ちだから、さっさと妹の病気を治してやってくれ」

「……んで」

「ん?」

 出会ったときから何も変わらない、間の抜けた声で伊藤君が聞き返してくる。その行為が、むしょうに苛立つ。

「なんで、私の言うことなんて聞いたんだい? 私の脅しなんて意味無くて、その気になれば、私なんて、一瞬で殺せたはずじゃないか」

「まぁな」

 あっけなく伊藤君は答えを返す。

「そりゃ、その気になったら、瞬殺とまではいかないが、秒殺はできるぜ? でもさ、別に俺はファウストを殺す動機が無いし」

「私に脅されたのに?」

 はん、と伊藤君は私の言葉を一笑に付した。

「子猫が足元でじゃれつくのを、脅しとは言わねぇよ」

「……そう、かい」

 結局のところ、一番の道化は私だったんだろう。弱肉強食ゲームなんて物を開催して、人の願いや命を掌の上で転がしていると思っていたら、そこはもっと巨大な存在の膝の上で。偶々私が彼にとって不快じゃないから、見逃されていただけ。

「ははっ、あははっ、あははははははははっはははあははっはあっ」

 馬鹿らしい。

 自分で役者不足だといいながら、その程度を私は理解できていなかったのだ。決して触れてはいけない世界の暗部に嬉々として触れて、そこから出てきた怪物との天と地ほどの差も自覚できない阿呆だったのだ。

「あーあ……ねぇ、伊藤君」

 魔法を手に入れて、押しとどめていた欲望を解放できたね。

 けれど、私はそれ以上に、世界の広さと自分の矮小さを理解できたよね。

 先代に憧れて、色々やってみたけれど、うん、やっぱり私には無理みたいです。

「殺してくれ。もう、何もかも嫌になった」

 生まれた時から、私は世界に嫌われていたと思う。そう思わずにはいられない性質を私は持っていた。

 けど、それはこの世界の化物だちに比べれば矮小過ぎて、つくづく自分が嫌になる。このまま何者にも成れずに死ぬならいっそ――

「いや、だから俺はお前を殺さないって」

 とか思っていたんだがね、やはり断られてしまった。

 伊藤君はあくまでいつも通りに、うだつの上がらないフリーターの顔で言葉を続ける。

「つーかなぁ。いかにも、死にたくないって顔をした奴を殺すのは、結構疲れるんだぜ? だから、やりたくない。まず、それが理由の一つな」

「……は?」

 なんで? だって、私は、その。

「もう一つは……そうだなぁ、俺がお前のことを気に入っているから、だな。さすがに、好みのタイプの人間は殺したくない」

「――はぁ!?」

 待って欲しい。一つ前の疑問がどうでもよくなるほどの異常事態だ、これは。

「ちょ、まっ! え? 気に入っているって――」

「女性としても、人間としても好みのタイプだ」

「にゅわっ!?」

 待って、待って、本当に待って!

 女性として? 私はだって、今まで男の人から告白なんてされたことないし、地味だし。いや、それよりも人間としてもって! どう考えても、私みたいな狂人を好ましいと思うわけないじゃんか!

「はっはっはー、おもしれー。なんかくねくねしてらぁ」

「君が原因だろうが!」

 この男は、人の気も知らないで……というより、知っているからこそ、こんなに呑気に笑っているのか、こんちくしょう。

「うーあー、君って奴は……本当にダメだな。女の子に告白するなら、もっとタイミングとかその他もろもろ考えたまえ。後、人間的に好ましい理由をプリーズ」

「ま、所詮『最強』なだけな男だからな。あ、人間的に好ましいっていうのは、ほら、世界に嫌われているとしか思えない性質の癖に、狂い切れなくて、妙に所帯じみているところとかだなぁ」

「……人が一番気にしていることを」

 自分が嫌だと思うところを人に好かれるとか、本当にわけがわからない。とても不本意だ。だから、私は少しだけイジワルな質問をすることにした。

「ならね、答えたまえよ、伊藤君。仮に、仮にだよ? 世界に嫌われてとしか思えない狂人を彼女にしたとして、それからどうするんだい? 一緒に世界から嫌われて、ひと時も気が休まらない日々を過ごすのかい? 世界中から拒絶されるような気持ちを、味わってもいいというのかな?」

 私の問いに、伊藤君は驚くほどあっさりと答えた。まるで、それが当然なことだと言わんばかりの口調で。


「ん、その時は世界中を踏み潰して、お前を守るよ。安心しろ、世界がお前を拒んでも、俺はお前を受け入れてやるから」


 それはずるい。

 今までずっと一人ぼっちだった私に、その言葉はずるい。卑怯だ。

 そうじゃなかったら、私がこんな、自分で格好つけた台詞を言って、自分で恥ずかしくなって顔を赤くしているようなヘタレに――なんて、あるわけがないんだから。

「えっと、それで……返事は?」

 しかも、即座に答えを求めてくるし! もう、この男は! もう!

「ば、ばーかぁ!」

「うぇっ? あ、ずるっ!」

 だからさ、私はとりあえず、全力で逃げることにする。

 逃げて逃げて、逃げ回って。それでも私を捕まえることができたなら、その時はちゃと返事をしてあげよう。

「んなっ! この俺でも捕らえきれない術式って……ファウストって、マジでそう言う方面だった天才つーか、鬼才なのかよ!」

 伊藤君がわけわからないことを言うか、そんなの知るか。

 ただ、最後に一つだけ言い残してやろう。

「良い女が簡単に捕まると思うなよ、このフリーター!」

「あ、てめっ、俺は馬鹿にしてもフリーターを馬鹿にすんな!」

 はははっ、ほんと、締まらないなぁ、私たちは。



■■■



「……君は本当にどうしようもないね」

 赤髪の魔法使いが、倒れ付す俺の目の前でため息を吐く。

 しかし、俺が倒れ付しているのは、事務所の床だ。俺の空想世界じゃなく、紛れも無い現実世界のはず。

「分かっているだろう? 『冬の世界』は最後の最後まで取っておかなきゃいけない切り札であり、諸刃の剣だよ。あれは全てを終わらせる世界、そう、その使用者も例外無く、ね。だから今、君は無様にそこで倒れている」

 黙れ、まだ俺は大丈夫だ。

 魔法使いを根絶やしにするまでは、BGMが鳴り止むまでは、この俺は絶対に止まることは無い。

「……だとしても、覚えておくんだね。もう、そのBGMのトラックは残り少ないよ。後、一ヶ月もてば奇跡じゃないかな? あ、でも、君がその力を全部捨て去ると言うのなら――」

「ほざくな、幻影」

 俺は立ち上がる。

 氷漬けになった右腕を無理やり杖として、体中が軋むのも、構わない。そんな者は、全て些細なことだ。

「この俺が今更、立ち止まって良いわけが無いだろ」

 超越者の如く達観した視線を、怒りの炎で焼き尽くさんと視線を返す。あぁ、やはりこいつはとてもむかつく。

 だが、それ以上に、この程度で楽に成れると一瞬でも思った俺自身に腹が立つ!

「どうして、君はそこまで自分に厳しいんだろうね?」

「知るか、親の教育が良かったんだろうよ」

「馬鹿言っちゃいけないよ。彼がそんな事を君に教えるわけないじゃないか」

「ああ、そうだな。だが、親父を殺したお前が言うなよ」

「それもそうだね」

 乾いた声で苦笑する【魔法使い】。

 こいつ自身が亡霊で、おまけに俺の精神と融和しているもんだから、俺の【サトリ】でもその真意は読み取れない。もっとも、読み取れたどころで、俺には理解できない狂った思想なんだろうがな。

「けど、もしかしたら君はさ、自分に厳しいだけじゃなくて、誰かを助けたいっていう部分もあるんじゃないかい? 例えば、あの元気な茶髪の女の子、とかさ」

「…………戯言はそこまでだ、『アレイスター・クロウリー』」

 軽く幻影に向かって腕を振るうと、幻影は薄氷を割るが如く、砕け散った。

 だから、その時、

「俺は『自衛』をするだけだぜ、【魔法使い】。俺が大切だと思うモノを守るためにな」

 俺が呟いた、ささやかな本音を聞く者は誰も居なかったと思う。



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