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いつも心にBGMを  作者: 六助
弱肉強食ゲーム
28/45

ラスボスの役目

 小さい頃から、よく理不尽な目にあった。

 両親が火事で焼け死んだ。

 世界征服をたくらむ組織に誘拐された。

 異世界に魔王軍の尖兵として召喚された。

 神とか名乗るわけわかんない奴に、永遠の時の中に閉じ込められた。

 最強と名乗る黒髪の少年に勝負を挑まれた。

 ――――――――――そして、俺はその全てを踏み潰してきた。

 両親が居なかったから、学校でひどく苛められたけど、その全員の骨を砕いた。

 世界征服をたくらむ組織を、拳一つで壊滅させた。

 魔王軍の尖兵として人類を滅ぼして、ついでに魔王軍も滅ぼした。

 神が仕掛けた時の監獄を捻じ切り、鼻歌交じりに存在核を握りつぶした。

 最強と名乗る黒髪の少年と、初めて死にそうになりながら全力で戦って――その余波で銀河系を三つぐらい滅ぼして――何とか勝利した。勝利して、しまった。

「ざまぁみろ、お前がこれから『最強』だ」

 俺の手刀で胸を貫かれた先代の最強は、満足げにそう呟いて、あっさりと死んだ。この俺に、

『最強』と言う忌まわしい呪いを残して。

 こうして、俺は『最強』という存在を証明するだけの人間になった。



■■■



「あぁああああああああっ!!」

 竜也少年が、雄たけびを上げながらロングソードで袈裟型に切りかかる。剣道でも齧っていたのか、その動きによどみは無く、足から腕の先まで、綺麗に力が伝導されていた。しかし、僅かに溢れてしまった力が、衝撃波となって荒野の大地に小さなクレーターを作る。

 うむ、なかなか良い一撃だな。

「よっと」

 でも残念。その程度じゃ、俺の皮膚すら切ることは出来ない。

 俺はロングソードの一撃を掌で受け、驚愕で目を見開く竜也少年へ声を掛ける。

「で?」

「――この、化物がぁあああああっ!!」

「喚くな、うっとうしい」

 軽く白銀の胸当てを押し出す。

 そして、当然の如く(・・・・・)胸当ては砕け、その衝撃で竜也少年が数キロほど吹き飛ばされた。何回も地面にバウンドしながら吹き飛ばされる竜也少年を見ていると、昔、苛めっ子どもを校庭で適当に転がしていたことを思い出す。あぁ、あの頃はよかったな。まだ、まともで。

「ほいっと」

 軽く大地を蹴り、一瞬で数キロの距離を縮める。

「お、いたいた」

 跳躍中、危うく地面に転がっている竜也少年を飛び越えそうになってしまったので、空を蹴って、方向修正。そのまま、竜也少年の上へ降下する。

「隕石きーっく」

 竜也少年ごと大地を踏みしめ、半径十キロ程度のクレーターを作る。この技は力加減を間違えてしまうと、うっかり星を砕いてしまうから、注意が必要だ。まぁ、ここはファウストの作った世界の中だろうし、問題ないか。

「……ぁ、かはっ」

 おう、なかなか丈夫だな、竜也少年。既に武装も全て砕けて、手足は変な方向へ曲がり、内臓だってかなり痛んでいるだろう。むしろ、死なないのが驚きだ。

「なぁ、少年。俺は常々思っていたんだよ。どうして、俺なのか、ってさ」

 生まれた時から、俺はこうだった。

 子供の頃、両親と共に炎に焼かれても俺だけ生き残り、どれだけ理不尽が降りかかっても、それを打ち砕けるだけの力があった。

 両親は普通の人間だったと思う。特に特別な家系でもなかったはずだ。なのに、俺だけどうして?

 どうして?

「最強っていう称号はさ、最強っぽいキャラに与えられるべきなんだよ、本当は。力っていうのは、必要な者の手にあるべきものなんだよ、本当は。なのに、どんな因果か、妹のために命を賭ける君よりも、暇つぶしでこのゲームに付き合ってやっている俺の方が、力がある。俺の方が弱い人間だというのに、君みたいな強い人間の手には力が無い」

 それは、なんて皮肉だろうか。

 きっと神様なんて奴がいたら、凄く性格が悪いだろう……いや、もう俺が殺したから居ないか。あの後、代理の神様が派遣されたらしいけど、俺は会っていないし。

「……るせぇ」

「おう?」

 足元から呻く声とは、別の、力ある声が聞こえた。見ると、竜也少年が、鋭い眼差しで俺を見上げている。

「なにかな?」

「……うるせぇんだよ。俺は……アンタの戯言に付き合っている……暇は、ねぇ!」

「うおっ」

 踏み台にしていた竜也少年から、弾き飛ばされた。死に掛けで動けないはずの竜也少年だったが、俺が物思いに耽っている間、魔法具であるロングソードが彼の手に戻り、彼の体を一瞬で修復したのだろう。

「アンタがどんな化物だろうが、倒す。それだけだ」

 今までの鎧ではなく、ロングソードを中心としてその武装は展開された。白銀のパーツがロングソードからもっと大きな形の剣へと形作られていき、仕舞いには、竜也少年の身の丈ほどある大業物へと変形した。

「全部、持って行きやがれぇえええええええっ!!」

 そして、放たれる竜也少年の一撃。

 咆哮は彼の想いを否応が為しに伝えてきた。決して勝てない相手に対して、それでもなお、文字通り全力を尽くして挑まなければならない、強固な理由。

 想いは力となり、刃は音速を超え、光速へ。

 視認することも叶わない一撃。

「――見事」

 ああ、本当に見惚れるほど良い一撃だ。魔王ぐらいなら殺せるかもしれないな。

「……んだよ、それ」

 力なく竜也少年は呟く。

 無理も無い。恐らく、本当の意味での絶望を知ったのだから。

「なんだよ、それ!」

 光速となった刃は俺の首筋へとクリティカルし、そして、あっさりと砕け散ってしまったのだ。巨大な岩石へ、氷の刃を叩き付けたかのように。

「不思議がることはないぜ、簡単な理由だ。ほら、岩に飴細工ををぶつけたら、こうなって当然だろ?」

 力なく、竜也少年が膝を着く。表情は俯いていて見えないが、見えなくても易々と想像できる。なにせ、こういう出来事は初めてではないのだから。

 愛とか友情とかを携えた強い奴を、何度も俺は踏みにじってきたのだから。

「世界は残酷だな。お前の尊い願いは、つまらない暇つぶしによって踏みにじられる。そう、相手がただ『最強』だったという理由で」

 正しい人間が勝つんじゃない。

 愛と勇気が世界を救うんじゃない。

 ただ、全ては純粋な力によって左右される。だって、この世界は弱肉強食。力無い者の嘆きも、叫びも、意味を為さないんだ。

 ――――なのに、なぜ?

「ご高説なんざ、聞きたくねぇな」

 まだ、竜也少年の目が死んでいない!?

「驚いたな、まだ力の差が理解できないのか?」

「ああ、理解できないね。この程度で、俺が絶望すると思っている、アンタの温い考えがな!」

 既に彼は満身創痍。

 よろけながら、両手を地面につけ、やっと立ち上がることが出来た半死人だ。それでもなお、彼の目だけは、変わらずに強い光で俺を射抜く。

「最強がなんだ」

 よろけながら一歩、俺に近づく。

「力の差がなんだ」

 大地を踏みしめ、緩慢な動作で右腕を引き絞る。

「俺はそんなつまらない理由で今を諦めたりしない」

「……」

 気づくと、俺は半歩、後ろに下がってした。

「そんな理由でっ! 諦めてたまるかよぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 それは光速でも音速でもない、ただの右ストレート。ストリートファイトの延長にある程度の、弱々しい一撃。案の定、それは俺の右頬を軽くなでるようなもので、ダメージを受けることはありえない。

 けれど、なぜか今までで一番、俺に響いた一撃だった。

「ちく、しょう……」

 竜也少年は、最後まで俺をにらみつけたまま、地面に崩れ落ちた。もう、立ち上がることは無い。

「やれやれ、若いなぁ」

 そんな竜也少年を見下ろして、俺は苦々しく笑う。

 まさか、こんな年にもなって、少年漫画みたいなことをやることになるとは。

「……ん? おおう」

 ふと、口元に手を当てると、僅かな痛みが。どうやら、最後の一撃で唇の端を切らしてしまったようだ。

「ははっ、なるほど、ちゃんと届いていたじゃないか」

 そういえば、ワンモアオーダーがどこかへ消えている。恐らく、俺の戦闘に耐えられずに砕け散ってしまったんだろう。

「ま、相手の魔法具が壊れたら勝ちっていうルールは無かったと思うが……一応、あれがゲームの参加資格だったからな」

 ラスボスとしての俺は、そこで敗北していた。なら、この勝敗はもう決まっている。

 というか、俺としても妹のために戦う少年を踏みにじるのは気分が良くないし。まぁ、必要ならやるけどさ? 今は必要ないじゃん、みたいな。

「はぁーあ。もう、ラスボスなんてこりごりだぜ。ったく、似合わないにもほどがあるぜ」

 だってさ、ラスボスの役目は、主人公にうまく倒されてやることなんだから。

 『最強』なんていう呪いにかかった俺じゃ、役者不足だ。



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