激闘の裏で
なんでこんなことになったのか、不思議で仕方が無い。
俺は普通に学校と家の往復運動を毎日繰り返して、そのまま平凡に過ごしていくタイプの人間だったはずだ。
なのに、どうして?
「――くそっ! 炎を操るとか、マジで相性がわりぃ!」
夜空を煌々と照らす業火が目の前の空間を焼き、熱風で俺の肌を焦げ付かせる。
「ひーははっ! お兄さん、逃げてばっかじゃ、勝てないっすよー!?」
業火の中から小さな人影が浮かび上がる。
それは炎を纏った、小柄な少女だった。こんなときに抱く疑問では無いだろうが、なんでこんな戦闘をするときに、わざわざ学校の制服を着ているのだろう? しかも、俺の知っている中学の物だ。ああ、胸糞悪い!
「ひはっ」
君の悪い笑い声と、それすら飲み込む紅蓮。
「くっそ、あのガキ! ここが市街地だってことを、全然、考慮に入れてねぇ!」
俺を飲み込もうとする紅蓮の蛇を、予め爆弾に変えておいたビー玉を投げ込み、爆風で試算させる。だが、あのガキを中心に渦巻く炎の渦は、これくらい爆風じゃ吹き飛ばせない。
俺が所有する魔法具は『ボマーハンド』という白い手袋だ。能力は、その手袋で握り締める程度の大きさの物体を、任意で爆発物に変えること。ちなみに、爆発の威力は、限度はあるが、俺が操作することができる。
はい、つまり、炎を操ることができるであろう、あのガキとは相性が最悪です。
「あーもー! つーか! テメェもおかしいだろうが! なんで、ナチュラルに人を殺しにかかれるんだよ!」
「えー、だってー! これって、そういうゲームじゃないっすかー!」
げらげらと笑いながら、ガキは横なぎに腕を振るう。
それだけで、熱風が俺の肌をなで、紅蓮が前髪を焦がす。ちくしょう、完全に弄んで矢がるな、このガキ!
……いや、というかさ、本当になんで、俺がこんな目に会わなくちゃいけねーんだよ?
『おめでとう、君は選ばれた! さぁ、君の願いをか叶えるために戦いなさい』
本当にいきなりだった。
あのファウストとか名乗る黒ローブは、いきなり俺の平凡を奪い去りやがった。
願いだと?
確かに、彼女が欲しいとか、もうちょっとバイトの時給が増えないかとか、そんなささやかな物はあったさ! けどな、命をかけて殺しあったりするような、そんな事してまで叶えたい願いなんて、普通に生きてりゃ、あるわけねーだろうが! おまけに途中退場不可能で、隠れていても、魔法具を持つ同士はお互いの存在を感知することができるとか! ほんと、どんなクソゲーだよ、これ!
「くそっ、くそっ、くそっ! なんなんだよ、これ! ガキ! テメェは何も疑問に思わないのかよ? 少しは躊躇う理由とか無いのか!」
半ば、涙目になって叫んだ問いに、ガキはあっさりと答える。
「んー、というかね? アタシは人を焼き殺せりゃ、それで充分なんっすよ」
目の前のガキが姿を変える。
紅蓮を纏うだけではなく、紅蓮そのものになり、やがて、炎の巨人となった。
「ひはははっ! どーっすか、これ! これで今から、お兄さんをじゅっ、と焼き殺すかと思うと、ムネアツっすよ!」
「……ちくしょうが」
俺はジーンズのポケットから、取って置きのビー玉を取り出す。
「こいつは威力がしゃれにならないから、使いたくねーんだけど」
それ以上に、俺は死にたくねぇし。
「いいねぇ! いいねぇ! お兄さん! 異能バトルモノっぽくて、サイコーっすよ!」
「けっ! あいにく、俺は日常ほのぼの系が好きでね!」
炎の巨人が腕を振り上げる。
俺はビー玉を握り締める。
業火の熱気がちりちりと大気を焼いているのに、自棄に体が冷たく感じていた。ここまできたら、勝負は一瞬で決まる。
そう、一瞬で――――
「横槍だ、わりぃな」
高速で乱入してきた人型ロボットに、一瞬で俺たちはやられた。
■■■
バイトから帰った後の夕飯は、少しだけ贅沢な物にすることにした。
「ふふ、ふふーん♪」
今日は前に贅沢をして買った上質の牛肉を使って、すき焼きを作ることにしよう。もちろん、百円ショップにあるような安っぽい鍋ではなく、良い感じの年季が入ったものを使用。
ねぎや白菜、豆腐をざっくばらんに切って、牛肉を最初に鍋で焼いてー、割り下をーっと。
「さぁて、後は野菜を……ん?」
台所で調理に勤しんでいたところ、いつの間にか、俺の背後にファウストが現れていた。黒いローブで顔を深めに覆っているので詳しくは分からないが、心なしか、疲れたような顔をしているように感じる。
「よっ、すき焼き食ってくか?」
「十二人の彼らはいかにもな激闘を繰り広げているというのに、ラスボスである君ときたら……もう、どうしてこうなったんだか」
はふぅ、とファウストは深いため息を吐く。
何か嫌なことでもあったのだろうか? でもまぁ、美味しい物を食べれば、きっと元気になるよな!
「いや、そんな『俺が元気付けてやらなきゃ!』みたいな、保護者的な顔を辞めて欲しいんだが? というかね、そもそも、君がワンモアオーダーなんてはずれを引かなければ……って、結局使ってないじゃん!」
「ちょ、料理中に殴ってこないで」
例え、まったく威力が無い猫パンチでも、手元が狂うから危ないんだって。
「いやね、確かにあの魔法具は便利だけどさ、そういう便利な物に頼ったら、なんか堕落しそおうだからなー。よっぽど家計が苦しいとき以外には使わないようにしているんだよ」
「だったら、せめて代わりの魔法具を引いてくれ」
「んー、別にいいけど、二回も引いて、実験結果とやらに影響を及ぼさない?」
「……ぐぬぬ」
どうやら及ぼすようだ。
科学の実験とかも、細かいあれこれが変わると、実験結果がまるで違う物になるらしいし。実験が趣味と言うこの魔法使いなら、そのルールは厳格に守るだろう。
「ほらほら、いつまでの拗ねてないで。さっさと飯にするぞ」
「す、拗ねてないやい!」
「ほら、これからご飯食べるんだから、さっさとそのローブ脱いで。袖口とか汚れるでしょ?」
「え、でもこれ、一応、私のトレンドマークというか、謎の存在感を出すための必須道具なんだけど……」
「すき焼きの割り下の匂いが漂う魔法使い、か……」
「脱ぎます」
ちょっとからかっただけなのだが、割とあっさりその正体を現す魔法使いだった。
「え、えと、どうかな? これが一応、私の素顔とか、正体なんだけど」
ローブを脱いだファウスト、普通の女の子だった。
赤いショートヘアーと、鮮血のような色の瞳以外は、顔の造形は普通、というか、地味というか。決して可愛くないわけじゃないんだけど、美少女ではないという感じだ。
服装も、藍色のジーンズにファンシーなキャラクターがプリントされたTシャツという、ラフな組み合わせ。
「…………とても心に優しい可愛さだな」
「気を使ってくれたことだけは分かるよ」
ファウスト卑屈な笑みを浮かべると、てきぱきと台所のテーブルに、椅子を二人分そろえる。そして、迷い無い動きで戸棚から小皿まで取り出してくる。
「えっと、俺のうちなのに、随分詳しいな?」
「こんな狭いアパート、一度来れば、全容ぐらい把握できるさ」
狭いとか言うな。これでも台所がある分、ちょっと贅沢なんだぞ!
「はいはい、凄いですねー」
「ひでぇ、罪の無いフリーターにこの仕打ち。最近の子供は残酷やでぇ」
「残酷は置いといて、はい、取り分けておいたよ」
「あ、サンキュー」
魔法使いのくせに、妙に気が配れるんだなぁ、ファウストって。俺が客人用の箸を出す前に、いつの間にか、マイ箸を召喚して、もぐもぐと白滝を食べているし。
「すき焼きって、肉も大切だけど、私は一番白滝が好きだな。伊藤君はどう思う?」
「お、おう。俺はそうだな……やっぱり味が染みた豆腐が……」
バイト帰りの深夜。
いつもだったら、一人で食べる夕食だけど、今日は奇妙な客人が来ている。不思議なことだが、あの仮説は本当だったらしい。
「うん、やっぱりすき焼きは美味しいね。なかなか料理上手じゃないか、君」
「これでも一人暮らし歴がそれなりにあるからなー」
誰かと一緒に食べるご飯は美味しい。
そんな当たり前なことを、俺は思い出していた。




