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いつも心にBGMを  作者: 六助
弱肉強食ゲーム
23/45

ゲームの始まり


「おめでとう、君はゲームの参加者に選ばれた」


 カップラーメンにお湯を注ぎ、さぁ、三分間をどうやって潰そうか考えているとき、そいつは俺の目の前に現れた。

 具体的に言うと、テーブルの上に。

 そいつは一言で言うなら、魔法使いという言葉が似合うだろう。いや、頭からすっぽり黒ローブを被っているような奴に、それ以外の言葉は、俺の貧相なボブギャラリーからは出てこない。

「ふむ」

黒いローブで全身をすっぽり隠していたが、よく観察すると、ローブ越しの輪郭や、声で、女の子だということが分かる。

 でもまぁ、何よりもまずは、

「行儀が悪いから、まずは降りなさい」

「……はい」

 黒ローブは『もっと他に言うことがあるだろ』という雰囲気を滲みだしながらも、しぶしぶテーブルから降りた。

「それじゃ、いいかい? まず、君はいきなりの事で混乱していると思うが――」

「ごめん、麺が延びるから、食べながら聞いて良い?」

「…………いいよ」

「ありがとう」

 俺はずるずると味噌ラーメンを啜りながら、黒ローブの話を聞く。

「始めに、自己紹介しておこう。私はファウスト、魔法使いだ」

「へぇ」

「私は主に人間を使った実験をするのが趣味でね、今回はこの街を舞台に、とあるゲームを開催しようと思うんだ」

「ほうほう」

 黒ローブ――ファウストは、もったいぶるように間を溜めて、堂々と宣言する。

「その名も、『弱肉強食ゲーム』!」

 意気揚々と黒ローブは、その弱肉強食ゲームの内容を語りだす。

「私はこの町に住む少年少女十二人に、それぞれ魔法具を与えた。魔法具の効果は、十二人それぞれだが、どれも戦闘に特化したものだ。そして、少年少女たちは、強弱はあれど、それぞれ叶えたい願いを持ち合わせている」

「ずるずるー、んで、その少年少女たちを戦い合わせようと?」

「イクザクトリィ! その通りだよ!」

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、ファウストは更に熱をこめて俺に語って聞かせる。

「魔法を持つ者たちは、お互いの願いを賭けて戦い合うんだよ。勝者は敗者の命を奪うことにより、敗者が持つ魔法具の効果を吸収することができ、勝てば勝つほど強くなっていく……弱者は強者の糧になり、全ての願いを踏みにじった者にだけ、この私がその願いを叶えてあげるのだよ」

「ほーう」

 カップ麺を食べ終わったので、流しで洗って、パックをバラバラに砕いてゴミ箱に入れる。面倒だが、こういう一手間を惜しんでいると、後々で後悔することになるのである。

「そして――――伊藤いとう 宗次そうじ。君には十三人目を担当してもらおうと思うのだよ。死闘を潜り抜け、願いへ手を伸ばす者と対峙する最後の番人としてね」

「はぁ」

 ばさぁっ、とファウストは大仰に両手を広げ、俺に告げた。

「君は選ばれたのさ。唯一、つまらない日常を送っていた大人の中で、君だけが私に選ばれ、つまらない日常を脱却する術を得たんだよ」

 大人って……まぁ、確かに大学にも行かずにアルバイトしているフリーターだけど、俺はまだ成人していないんだが? それとも、ファウストからしたら、十九歳とはもう大人に見えるのだろうか? いや、どっちでもいいな、別に。

「ふふ、分かっているよ。心配なんだろう? 十二人の死闘を勝ち抜いた強者といきなり、ただのフリーターである自分が、仮にも魔法具を得たからって、勝ち目があるのか? って」

 気のせいかも知れないが、フリーターを馬鹿にしてないか? こいつ。確かに、定職に就いていないけどさ、それでも社会の歯車として働いているんだぜ。

「じゃんじゃかじゃーん」

 俺が軽く自虐モードに入っていると、ファウストは効果音を口ずさみながら、まるで手品のように、ローブの中から、三十センチ四方の真っ白な箱を取り出した。唯一、箱の上面には、掌よりもやや大きめな、黒い穴が空いている。

「説明しよう。この箱の中は、私が貯蔵している魔法具の蔵へと繋がっていて、この中に手を入れることにより、その蔵の中からランダムに魔法具が選択され、君の手の中に収まるのだ! しかも、十三人目たる君には特別に、ちょっと反則気味の魔法具が優先的に選択されるように調整されてある。ふふふ、どうだい? ステキだろう?」

「ステキだなー」

 いきなりラスボスの前までショートカットして、最強装備を渡されるぐらいの優遇レベルだと思う。つまり、これぐらい優遇されていなければ、十二人の死闘を潜り抜けた者とは、相手にならないということかもしれない。

「さて、それでは君にはこれから魔法具を選んでもらうのだが……その前に」

「その前に?」

 ファウストはローブの袖をまくり、そこから日焼けしていない真っ白な手を出す。


「いい加減、ツッコミを入れろぉおおおっ!!」


「えー?」

 なんだかよくわからない叫びと共に、白い手によってビンタをかまされてしまいました。

 釈然としないなぁ、まったく。



 その説教で知ったのは、案外魔法使いという存在は常識的だということ。

「いいかい!? いきなり目の前に、黒ローブの怪しい奴が現れて、魔法だのなんだの、頭がおかしいようなことを言っているんだよ!? カップラーメン食って頷いていないで、もっとツッコミを入れて質問すべきじゃないか!」

「自分で頭がおかしいって……」

「というか、私はむしろ君の頭が心配だよ! なに、普通に異常なことを受け入れて話を進めているのさ? もっと、驚いたり否定したりしなよ、常識的に考えて!」

「魔法使いなのに常識って……」

「私もごり押しで話を進めようとしていた節はあるけどさぁ、あんまり物事に流されて行動するのって、どうかと思うよ、人として」

「……ごめんなさい」

 あっれー? 何で俺は、貴重な休日の昼下がりで、黒ローブ被った女の子に説教されているんだろう? 世の中って不思議だなぁ。

「はい、それじゃ、話を進めるよ。大丈夫? ちゃんとツッコミ入れられる?」

「大丈夫っす」

 いよし、と頷くと、ファウストは話を再開する。

「では、伊藤宗次。君はこれからこのボックスから魔法具を選び、十三人目として戦ってもらうことになるのだが……」

 ちらり、と露骨に視線を向けるファウスト。ここで突っ込めということだろう。

「じゅ、十三番って不吉だなぁ、おい!」

「違うっ!」

 すぱーん、とどこからか取り出したハリセンで頭を叩かれた。結構良い音がしたのに、まったく痛みが無いのが不思議だ。

「そこは『何で俺が戦わなきゃいけないんだ!』って文句を言うところじゃないか! 十三番って、微妙な不吉さを気にしている場合じゃないだろ! まったく、君が文句を言ってくれないと、折角用意してきた説得材料が無駄になるじゃないか」

「えー」

「あぁん?」

「なんでもありません、ごめんなさい」

 ひぃ、ついにこの子、露骨に脅してきやがりましたよ? 畜生、人生なんて予定通り進むことの方が少ないのに、もっとアドリブに対応して欲しいよ。

「ええと、それじゃあさ、どうして俺が戦わないといけないんだよー。普通、十二人まで少年少女たちを揃えたなら、十三人目もそうなるだろ? それにさ、俺は今の生活で満足しているから、ぶっちゃけ願いとかあんまり無いし」

「ふふん、よく聞いてくれたね」

 強制させたくせに。

「まず、なんで大人である君を選んだかというとね、それが実験内容だからさ。激闘を潜り抜けた青春時代の化身である少年少女たちと、いきなりチートな能力を手に入れた大人、さて、強いのはどっちなんだろう? と、こういう趣旨のね」

「なるほど。なんか、少年漫画みたいな展開だな」

「ああ、少年漫画を読んでいて思いついたからね」

 なんだか、魔法使いのイメージがガラガラと崩れ去っていくんだが。いや、でも、年頃の女の子っぽいし、それは仕方ないのかな?

「そして、後者についてなのだが……」

 チリっ、と大気が焦げ付いた。

 目を凝らすと、目の前の黒ローブから、とてつもないほどの何かがあふれ出ようとしている。いや、これは魔力だ。異能に偏っているが、なるほど、そういう能力なのか。

「君だって、つまらないことで死にたくないだろう?」

 具現化しそうなほどの魔力の奔流を受けつつ、俺は苦笑した。まさか、この俺がこんな形で脅される日が来るとは。

「まぁな、俺は死にたくねーよ。少なくとも、後五十年ぐらいは生きてぇ」

「ふふふっ、いいね。正直者は救われるよ?」

 様式美が整ったおかげが、ファウストは機嫌良く言葉を返す。どうやら、この子は随分と現実に夢を抱いているみたいだ。ま、魔法使いなんて、夢でも持っていなきゃ、やってられないんだろうけどさ。

「それでは、早速、能力ゲットに移ろうか!」

「なんか生き生きしてるな」

「当然さ、これも実験の一種だからね。どんな結果が出るのか、楽しみでたまらないよ」

 やっていることが外道の類なのに、どうしてこんなに無邪気な声を出せるんだろう? もしくは、無邪気だから、こういうことができるのかもしれない。

 さて、何はともあれ、とりあえず箱から魔法具とやらを引き当てないと話が進まないようだ。俺は箱の穴に手を突っ込むと、指先に当たった何かを掴み、引きずり出す。それと同時に、何か金属音というか、鐘の音のようなものが部屋に響いた。

 これもファウストの演出なのかと思っていると、彼女の口から、「え」という短い言葉が漏れた。

「ふ、普通当たらないだろ、それぇ……」

 ファウストは、俺の引き当てた物を見ると、がっくりと肩を落とし、テーブルに突っ伏した。俺もそれを確認するのだが、

「えっと、これは……ベル?」

 俺の手の中にあったのは、何の変哲も無い金属性のベルだった。大きさは掌に収まる程度のもので、別についてある取っ手を摘み、揺らすことで音を響かせる仕様に成っているようだ。恐らく、俺が箱から手を引き抜いたときに鳴った音も、このベルだろう。

「えーっとファウストさん。落ち込むのは別に良いんですが、できれば俺にもこのベルの効果というか、使用用途を教えてくれせんか?」

「……はい」

 緩慢な動きで起き上がると、ファウストたため息交じりに答えた。

「うんとね、それさ、『ワンモアオーダー』っていう魔法具なんだけど、伊藤君、試しにさっき食べたカップラーメンを思い出しながらベルを鳴らしてみて」

 からんころん、と言われたとおりにベルを鳴らしてみるとあら不思議。ついさっき食べ終わったはずのカップラーメンが、出来立ての状態で目の前にあるじゃありませんか!

「え、これだけ?」

「うん、これだけ」

 ファウストは死人のような声で説明を付け加える。

「魔法具『ワンモアオーダー』。これは、一度食べたメニューをもう一度再現する魔法を持つベルだよ」

 た、確かに、ある意味で反則的かもしれないなぁ。

「とりあえずさ、カップラーメン食べる」

「……食べる」



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