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いつも心にBGMを  作者: 六助
首切り魔
2/45

始まりは告白から

「貴方のことが好きです、付き合ってください」

 予想はしていたけれど、状況的にはあまりにも唐突な告白。

 だってほら、昼休みに教室でだらけているときに、何の前置きもなく告白されたら驚くでしょう?

 それが学校でも三本の指に入るほどの美少女、大森おおもり 杏奈あんなさんからだったらなおさらです。

 身長は小柄で、スレンダーな体型。茶髪のショートヘアーで、前髪を銀色の髪留めでまとめています。勝気で大きめな瞳に、絹のようにきめ細かい肌、朱に彩られた唇。

 まさしく、美少女。

 そこら辺のアイドルなんかは目じゃなく、街中で彼女とすれ違ったら、思わず誰もが振り返ってしまうでしょうね。

 現に、教室に残っていた男子生徒たちからは殺気と嫉妬が混じった視線を感じます。

 困りました。

 このままじゃ、クラス内でイジメが発生してしまうじゃないですか。

 もちろん、その対象は俺になることは確実。

 はぁ、俺はこれから来る陰鬱な未来を予想してうんざりしながらも、とりあえず、告白してきた杏奈さんに返事を返すことにします。

「ダウト」


■■■ 

 

 恋はピュアなものじゃない。

 愛は美しいものじゃない。

 けど、どちらも女の子を形成する重要な成分だ。

 だから私は恋をするときは計画的に、そして綿密な作戦を立てる。

それはきっと、怪盗が宝を盗む時と似ているのだと私は思っている。なにせ、私はこれから愛しい人のハートを片っ端から盗もうとしているのだから。

 さぁ、まずは布石を打とう。

「貴方のことが好きです、付き合ってください」

 昼休み、教室でだらけていたクラスメイトに、私は告白した。

 そのクラスメイトの名前は有里ありさと 冬治とうじ。このクラスでは『ロボット君』というあだ名で知られている。

 中肉中背で、悪い意味で人形的な風貌。その顔のパーツ一つ一つは整っているのに、それがまるで機械の部品染みていて、人間味を感じさせない。それでも、まともに感情表現をすれば、クラスの女子だって一目置く容姿をしているのに、彼の顔には一切の表情が浮かばない。実は仮面をずっと被っていました、と言われた方がまだ納得するほどに、彼は無表情なのだ。

 そう、私に告白された、この瞬間でも。

 冬治くんは緩慢な動作で私の方を向くと、しばらくの間、何も言わずに私を見つめ続けてくる。

 ・・・・・・こわっ! 冬治くん、超怖いよ! そんな無感情な目で人を見つめないで欲しいというか、人の瞳ってそんなガラス玉みたいに無機質だっけ?

 時間にすればほんの数秒だったけれど、私には数分並に長く感じられた。

 冬治くんが見つめている間でも、私は笑顔を崩すことなく、学校中の男子を恋に落としちゃうような(さすがに誇張しすぎだけど)熱視線を見つめ返し続けている。

 やがて、冬治くんはゆっくりとこちらに人差し指を向け、起伏の無い声で言った。

「ダウト」

 心臓が握りつぶされたのかと思った。

 冷や汗が背筋から流れていく。

 正直、私はこの告白に対して、冬治くんが『イエス』と答えようが『ノー』と答えようがどちらでも構わなかったのだ。どちらの場合で答えられても、計画に狂いが生じないように、しっかりと設定を考えてきたのに、冬治くんの答えは完全に私の予定外だったんだ。

「え、えーっと・・・・・・」

 どうしよう? うまく言葉が出ない。

 くそっ、落ち着くんだ、私! まだ大丈夫、まだ修正は可能なはずだ。だから、まずはゆっくり深呼吸して、冷静に冷静で冷静を――

「大森さん」

「はひぃっ!?」

 変な声が出たぁー!? もうダメだ、修正不可能だ! 周りのクラスメイトも、こっそり笑っているしぃー!

 混乱する私の頭に、冷や水のような声がかけられた。

「とりあえず、場所を変えましょう。詳しい話はそこで」

「あ、うん」

 クラスメイトの野次が飛ばされる中、冬治くんは顔色一つ、いや、眉一つ動かさず歩いていく。まるで、そんなものなどまったく耳に入っていないかのように。

 その背中に、その異様さに、私は少しだけ恐怖を覚えた。

「ふむ、ここならいいでしょう」

 冬治くんの後を付いていくこと数分、私は、校舎の北側の隅にある空き部屋にたどり着いた。

 途中までは、面白半分で着いてこようとしていたクラスメイトが数人いたけれど、冬治くんの後を付いていっている間に、うまく巻けたらしい。

「え、でもここって鍵が無きゃ入れないよ?」

 しかし、この部屋は生徒が無断で入り込まないように鍵を閉めているのだ。

 確か、前にここで数人の生徒がタバコを吸ったり、いかがわしいことをしたりしていたりしたのが原因だった気がする。

「鍵ならあります」

「へ?」

 冬治くんは制服のポケットから、あっさりと鍵を取り出した。鍵に付属しているタグには、『空き』の二文字が。

「一応訊くけど、どうやって?」

「この部屋は何かと便利なので、職員室から拝借して、複製を作って戻しました」

 変わらない無表情で、冬治くんは自らの犯罪を暴露した。

 そこには罪悪感も、自分を大きく見せる虚栄心も感じられない。

 高校一年の男子なんて、自分がやったささやかな悪事を自慢するような奴がほとんどで、中にはそれを誇るようなバカもいるのに、冬治くんからはそういう雰囲気はまったく感じられなかった。

 大人という風でもない。

 そんなことはどうでもいいと、割り切っているような、そんな枯れ果てた感性。

「大森さん、早く入ってください」

 空き部屋の鍵を開けた冬治くんが、起伏の無い声で促してくる。

 うん、おまけにこんなロボットみたいな声でクラスメイトにも敬語を使うから、ますます他人行儀というかなんというか。恐らく、女子を密室へ誘っているというのに、冬治くんには爪の先ほどの下心も持っておらず、機械的に動いているだけなんだと思う。

 とりあえず私は促されるまま部屋に入り、二人で向かい合うようにして、そこら辺においてあった椅子に座った。

 冬治くんは私と向かい合うと、いきなり話を切り出す。

「さて、まずはさっきの告白の件なのですが、大森さん、貴方の発言に嘘がありましたので、無効とさせていただきますけど、いいですね?」

 しかも、いきなり核心を突いてきている。

 やばいなぁ、さっきからずっと冬治くんに主導権を握られてるよ。

 けど、このブラフだけは守り通さないと、私の計画は破綻するんだ。なんとしても、騙し通す!

「ひ、ひどいよ、冬治くん。私、これでも勇気を出して告白したのに! それなのにそんな言い方――」

「残念ながら、貴方の計画はもう既に破綻しているんです。さっさと諦めて、俺の質問に答えてください」

 容赦ねぇええええっ!?

 いきなりばれたというか、見透かされているよっ!? もうやだ、なにこの人! 私だって今まで散々、演技で人を騙して学校のアイドルという立場を手に入れたのに、それが全部効かない・・・・・・というより、初めから私が演技していることを知っているみたいなんだもん!

「大森さん、貴方は俺のことが好きではありませんね? さっきの告白はむしろ、自分に対する宣言みたいなもの。俺に告白したのは別の何かに対する布石といったところでしょうか」

 あ、もうダメだ。

 きっと、名探偵に追い詰められた犯人ってこんな心境なんだろうなぁ。

「うぅ・・・・・・はい、その通りです。全部、冬治くんが言うとおりです、ごめんなさい。正直、貴方のことは好きでも何でもありません。ぶっちゃけ、嫌いです」

「ああ、それはよかった、安心しました」

 最後の皮肉もスルーされた、しかも無表情で。

 もうやめて、私のライフは0よ! 最後の一撃ぐらい、喰らってくれる慈悲をみせて。

「俺も貴方のことは好きじゃないので」

 違う、慈悲ってそっちじゃない。祇園精舎の鐘の音の方じゃない。

 今、鏡を見たら、口からは半透明な何かが吐き出されている可能性が大だよ。もしくは血とか吐いてるかもしれない。

 ここまで圧倒的に看破されると、いっそのこと清々しいよ。あは、あははははははははははははははははははははははははは・・・・・・はぁ。

「そう落ち込むことではありません。貴方はよくやりました。貴方の演技は俺じゃなきゃ見破れないほど完璧でしたし、教室でだらけていた俺に、奇襲のように告白してきたのは戦術として素晴らしいです」

「そんな顔で褒められても嬉しくない」

 唇を尖らせる私に、冬治くんは無表情のまま話を続ける。

「ただ、その内容と相手が悪かった。俺を利用したいのなら、正々堂々、そう話すべきだったし。なにより、貴方が俺を好きだなんて嘘は滑稽すぎる」

「へ、なぁに? 貴方みたいなクラスのはぐれ者が、私みたいな学校の人気者に好かれるだなんてありえないってこと? 随分、卑屈なんだね、冬治くん」

 ほとんど、やけくそみたいな言葉だった。

「ははっ、まぁ、そんな所です」

 けれど、なぜかそんな言葉が一番、冬治くんに傷を付けたような気がする。

 少なくとも、無表情を皮肉げな笑みに変えてやるぐらいは。

「さて、それでは大森さん、これからの話なのですが」

 冬治くんはすぐに無表情へと戻し、半場放心状態の私に話しかける。

「もしも貴方が望むのなら、俺は貴方の目的に対して、少なからず協力してあげてもいいですよ」

「えっ、本当にっ!?」

 我ながら早い復活だった。

 口からはみ出ていた魂が、一気に所定の位置へ戻った気分。

「ええ、俺の目的といくらか同じくする部分がありましたので、利害の一致という奴です」

「いやったあああああっ!!」

 私は椅子から立ち上がり、そのまま勢い良くジャンプして、腕を振り上げる。イメージとしては某配管工のヒゲオヤジを思い出してくれれば結構だ。

 やー、でも結果オーライだったなぁ。私の作戦は全部見破られちゃったけど、結果的には計画より良い収穫を得たと言っても・・・・・・・・・・・・待って。

「あれ? おかしいよ」

 私は冷静になって、今までの状況を整理する。

 冬治くんは言った、私の演技と戦略は完璧だったと。自分でなければ見破れなかったと。なら、完璧だったはずの私を見破れた冬治くんには一体『何』がある? いや、そこまではまだわかる、理解できる。凄く勘が良い人なんだって、無理やり結論付けることも可能だ。

 けど、私の『本当の目的』を見透かしたことだけは絶対におかしい。

 私は一度たりともそれを匂わせる言葉を使っていないし、いくら勘が良いからといって、そこまで看破するのは異常過ぎる。

 ・・・・・・もしかして、逆なのかも。

 私の演技を見破ったから、私の目的を理解できるんじゃなくて、初めから――――

「だから、俺は大森さんのことが好きになれないんですよ」

 私の思考を遮るように、冬治くんは深いため息を吐いた。

「貴方は賢すぎる。常識という概念に囚われず、俺の『能力』を見破れるほどに」

 うそ、じゃあ、本当に?

 ありえない。

 けど、そうとしか考えられないよ。

 そして、私の思考を読んだように、絶妙のタイミングで冬治くんは言う。

「大森さんの想像通り、俺は、人の心が読めます」

 普通だったらありえない。

 いつもだったら、こんなこと言われても絶対に信じないし、ただの痛い人だと思って蔑む。でも、状況が、冬治くんが纏う空気が、それを許してくれなかった。

「ようこそ、非日常へ。大森杏奈さん」

 私はその時になって、初めて冬治くんがはっきりと笑った姿を見た。

 穏やかで優しげな笑顔。

 空虚で作り物染みたまがい物の笑顔。

 気持ち悪い。

 人間をこんなにも気持ち悪く思ったのは、初めてだったと思う。



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