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いつも心にBGMを  作者: 六助
異能者
15/45

真夏の冬

 週末の土曜日。

 僕は鏡の前で何度もチェックしてきた髪形を、また何度も公園のトイレで確認していた。

「うん、普通だ。限りなく普通だ……」

 なんだかこれ以上鏡を見ていると、悲しい気分になってしまいそうなので、待ち合わせのベンチへ行くことに。

「あ」

「おお」

 いつの間に、白鷺さんはベンチの端に、ちょこんと座っていた。どうやら、僕がトイレに行っている間に、待ち合わせの場所に来ていたらしい。

「えっと、待ったかな? 白鷺さん」

「むしろ、待っていたのは貴方の方。それに、待ち合わせの時間にはまだ、十五分くらいあるから」

「いや、そこはなんというか、お約束ということで」

 僕が苦笑すると、白鷺さんも僅かに微笑む。

 なんというか、その…………微笑んだ白鷺さんが余りにも可愛すぎて、危うく叫びそうになったんだけど。

 や、白鷺さんが美少女なのは分かっていたんだ。最近の交流のおかげで、大分慣れてきたんだけど、今日はなんと、白鷺さんは私服! 白銀の髪、白雪のような肌に合わせるような、純白のワンピース。なんか、フリルとかがたくさん付いていて、まるで良くできた西洋人形のようだった。

 だから仕方ない。

 僕は男子中学生だから、こんな美少女と休日に出かけるなんてラッキーイベントが起きたら、その前の晩に、三十分ぐらい小躍りするのは仕方ないんだ……。

「佐々木君、どうしたの? さっきからくねくね動いて」

「っと、なんでもないよ! なんでも!」

 赤くなった顔を必死で誤魔化す僕。

 白鷺さんは、そんな僕を無表情で眺めると、静かにベンチから立つ。

「なんでもないなら、そろそろ行こう」

「あ、ああ。そうだね」

 促されるまま、僕は白鷺さんの後を追って歩き出す。

 このまま二人で週末のデート……といきたいところなんだけど、残念ながら、今日は違う。わざわざ週末の朝に、こうやって待ち合わせしたのはちゃんと理由がある。

 『魔法』を知る人物に会いに行くという、理由が。

 今でも思い出してしまう、鮮血の放課後から続く、因縁が。



 白鷺さんの足が止まったのは、古びた探偵事務所の前だった。

「ここ。ここに、『魔法』について詳しく知っている人物がいる」

「え、でもここって」

「そう、探偵事務所。だから、探偵がいるの」

 その探偵事務所はもはや、誰も使っていないような廃ビルの三階にあった。薄汚れた看板に『桐崎探偵事務所』と、かすれたゴシック体で書かれている。

「ちょっと、予想と外れたかな? 僕はてっきり、どこかの研究施設とか、どこかの教会とか、ミステリアスな場所だと思ってんだけど…………それに、探偵? なんか、探偵と魔法ってあんあまりしっくり来ない組み合わせだよね?」

「かもしれない。けれど、事実。恐らく、この世界で一番、『魔法』に詳しいのはここに居る探偵だけ」

「んー、白鷺さんがそういうなら、そうなんだろうけど」

 なんだろう? ちょっとだけ残念というか、拍子抜けというか。チョコレートだと思って齧ったものが、カレー粉だったような気分。

「それと、佐々木君」

「ん?」

白鷺さんは事務所のドアを開ける直前、僕の方を振り返り、真剣な口調で忠告してきた。

「心を強く持って。多分、佐々木君なら大丈夫だから」

「は、はぁ……」

なんだろうね?

 この立て付けの悪いドアの先には、クルトゥフ神話の邪神でも居るのだろうか? そこでSZN値チェックでもされるのかなぁ?

 まぁ、ありえない妄想は置いておいて。

「じゃあ、入って」

「うん、わかった」

 白鷺さんに続いて、事務所の中に入った。

 その瞬間、建物に染み付いた紫煙の匂いが鼻腔に充満し――――――


「久しぶり。それと、初めまして」


 氷の言葉が、僕の精神を抉った。

 なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ!?

 目の前が急に歪み、まともに立っていられなくなる。体中が悪寒に襲われ、奥歯が噛み合わさらない。このまま凍えて、倒れてしまいそうだ。

 なんてことの無い挨拶。僕が聞いたのはそれだけだった。なのに、その言葉を聴いた瞬間、まるで極寒の吹雪の中に投げ出されたようなイメージが頭の中に叩きつけられた。

 余りにも絶対的な寒さ。

 寒くて寒くて耐えられないような冬が僕の体を支配していくのを感じていき僕は、

「白鷺さんの太ももって超えろい!!」

 多分、最低な方法で正気に戻った。

 頭の中を犯す冬のイメージを、僕は中学二年生特有のエロ妄想によって押し返し、そして、そのエロスによって自然と体と心を燃え上がらせたのである。

「ああもう、時々白鷺さんの無防備な行動に耐えるのが辛いというか、思わず抱きつきたくあることが多々にあるわけで! 特に胸元とか、ふとももらへんが守備が薄くて、中学二年生の僕としてはどうしていいかわからないたいたいごめんさい白鷺さん黙ります反省してます二の腕に噛み付くのは本当に勘弁してください!」

「がるるー」

 無表情のままに噛み付く白鷺さん。

 その視線は、さっき感じた冬に勝るとも劣らない絶対零度だった。

「あっはっはっは、聞いていた通り、素晴らしい人ですね、美鶴。こんな人、俺は今まで見たときありませんよ」

 僕の二の腕が食いちぎられるかどうかの瀬戸際だというのに、無機質な笑い声を響かせている人が居た。

 その人は、さっき感じた『冬の声』の主のようだが、今は言葉から寒さを感じない。代わりに、その人の言葉からは何の感情も察することができなかった。

 出会ったときの白鷺さんよりもずっと、無機質で、人間味が無かった。

「初めまして、佐々木幹二さん。俺は有里冬治。そこに居る美鶴の戦友で、探偵です。どうぞ、よろしく」

 そいつはまるで人形のように整った容姿をしていた。

 けれど、美しさよりも無機質な醜悪さが目立つ。良くできたロボットを見ているような、ロボットが人間に擬態しているような、不気味さを感じた。特に、その黒い瞳は、ビー玉を眼窩に埋め込まれたかのように、何の感情も感じさせない。制服と校章から判断するに、この町にある高校の生徒のようだけれど……若さと言うか、青春時代の熱がまったく感じられず、枯れ果てた印象を受けた。決して老けているわけではないのに、なぜか、ひどくそいつが、有里さんが大人びて見える。

「そんなに警戒しなくていいよ、佐々木君」

「白鷺さん……」

「冬治は見た目不気味で人の心を覗く妖怪みたいな奴で、たまに面白半分に人をからかうことがあるけれど、悪い奴じゃない。多分」

「全然安心できない!?」

 とはいえ、白鷺さんのボケで何とか肩の力が抜けた。

 そうだよ、僕。いくらなんでも、初対面でこの態度とか失礼すぎるじゃないか。ここは一つ、礼儀正しくご挨拶を。

「えと、こちらこそ、よろしくお願いします。白鷺さんの友達の、佐々木幹二です……って、あれ? そういえば、名前、予め白鷺さんに聞いたんですか?」

 握手を求めて右手を出しつつ、さりげなく尋ねてみる。

 まさか、本当に人の心が読める、なんてことないだろうし、きっと白鷺さんに聞いたので確定だと思うけど、一応。

「残念ながら、人の心が読めるのは本当ですよ、佐々木さん。もっとも、お名前は白鷺さんから聞きましたし、できるかぎり普段は人の心を読まないようにしていますが」

「心を読まれたっ!? ていうか、この人、早速言動に矛盾が生じているよ、白鷺さん!?」

「佐々木君、まともに対応してもからかわれるだけ。スルーして」

な、なるほど、そういう類の人なのか。

「相変わらず、ひどいですねぇ、美鶴」

「貴方にだけは言われなくない」

 有里さんは左目を瞑って肩を竦め、僕の握手に応じた。

 …………なんか、尋常じゃないくらい手が冷たいんですけど? 人の手を握っているというより、人の手の形をした氷を握っているみたいですよ?

「ふむ、やはり珍しいですね。大森さんといい、最近、俺の周りの因果が変わってきたんですかね?」

「え、えーと、有里さん? そろそろ離してもらえると嬉しいんですが」

「おっと、すみません」

 ふぅ、マジで人の手で凍傷になるかと思った……。

「あのー、白鷺さん。有里さんが予想以上にあれな人だってことはわかったんですけど、本当にこの人が魔法に詳しいんですか?」

 なんというか、よくわらないんだけれど、僕は有里さんに妙な不信感を持っているみたいだ。うまくは言えないけれど、本能みたいなものが、この人を信用することを拒否している、とか、こんな考えもひょっとしたら既に有里さんに読まれているのだろうか?

「心配ありませんよ」

 どっちに言ったのかはわからないが、有里さんは僕にそう断じた。

「うん、心配ない」

 そして、僕を安心させるように、白鷺さんの言葉が続く。

「冬治は誰よりも魔法に詳しい。詳しくないわけが無い。なぜなら――――」

 一拍置いて、白鷺さんは無表情で言った。

「【最後の魔法使い】呼ばれる存在を殺し、その権限と知識を奪ったから。その代償として、とてつもない呪いを受けて」

 僕の気のせいだったかも知れないけど、無表情のはずの白鷺さんが、泣きそうになっているように見えた。



 


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