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いつも心にBGMを  作者: 六助
異能者
14/45

強さと弱さ

 我がクラスの担任、藤崎は怠け者だ。

 一応、授業は淡々と分かりやすくこなすし、必要最低限の連絡事項はしっかりと伝えるのだが、それだけなのである。見た目、二十代後半ぐらいな藤崎なのだが、その若さに対して、まったく情熱という物が存在していない。

 というか、担任になったときに、もろ「あー、めんどくさい」とか言ってたしね。副担任が居る前で、教卓で堂々と呟いてたしね。

 その呟きを証明するように、藤崎は生徒にまったくと言っていいほど干渉しない、放任主義の教師なのである。もっとも、僕も含め、最近の中学生には、それっくらいの方が逆に人気が高かったりするのだけれど。

 だから、その藤崎がわざわざ僕にこんなことを言ってきたのには、本当に驚いた。

「あー、佐々木。なんだ、その、確か白鷺と仲良かったよな? なら、悪いが、そのまま気にかけてやってくれないか?」

 時間はホームルームも終わり、いよいよ放課後といった所。

 いつも通り、僕と白鷺さんが空き教室へTRPGをしようと教室を出たところ、藤崎に「話がある、時間は取らせない」と引き止められたのだ。

 僕は仕方なく白鷺さんを先に空き教室に行かせて、渋々生徒指導室で、藤崎と楽しいお話をすることになったである。はぁ、めんどくさい。

「それは頼まれなくてもやりますけど、藤崎先生。どうせなら、もっと別の場所にしてくださいよ。折角、優等生で通っているのに、仮にも教師に指導室に呼び出しなんて、要らない悪評を貰いそうですぜ」

「安心しろ、お前の評判は既に地に落ちてるから。もう、下がりようが無い」

「失礼な! 僕が何をしたというんですか!?」

「先生もな、お前が教室で鍋パーティを開催したり、学校の水道を改造して蛇口からジュースが出るようにしたり、全学年を巻き込んで夜の学校でサバゲーをしたりしなければ、もう少し配慮するんだがな」

 くっ、僕はただ、皆で楽しく青春したかっただけなのに、横暴だ! こんなの、絶対おかしいよ!

「いや、おかしいのはお前の常識だ」

「心を読まれた!? というか、平々凡々な僕の常識を疑われている!?」

 なんて教師だ。後で教育委員会に言いつけてやる。

「お前な、そんな分かりやすい顔をしておいて、『心を読まれた!?』はねぇだろうか。あと、お前が平々凡々だったら、今頃世界はもう少しまともになっていただろうよ」

「それはどういう意味ですか!?」

「前半けなして、後半褒めてんだよ」

「わーい!」

と、茶番はここまでにしておいて。

「それはさておき、藤崎先生。珍しいですね、先生がわざわざ生徒のことを気にかけるなんて。いつもなら、『いじめ? あぁ、んじゃ、苛められている方に鉄パイプ渡せ。それで主犯格ボコれば一件落着だ』とかいいそうなのに」

「ばか、さすがにいじめ問題はそれなりに対処するっつーの…………まぁ、白鷺の件は、ちょっと事情があってな。上の方から色々と圧力かけてきてんだよ。それこそ、いじめ問題にでもなったら、俺が地方に飛ばされるぐらいには、な」

「うわ、聖職者がもろ、保身に走ってるよ」

「うっせ。人間、誰しも自分が一番可愛いんだよ」

 本当にこの教師は大丈夫かなぁ? 

 だけど、上からの圧力ということは、やっぱり白鷺さんが所属している『世界平和委員会』というのが色々手を回しているみたいだ。

 今回、この学校に白鷺さんが来たのも、その仕事が関係してるって言ってたし。

 ………………なら、その仕事が終わったら、白鷺さんはやはり、この学校から消えてしまうのだろうか?

「ん? どうした、佐々木? いきなり、ぼーっとして」

「あ、いや、なんでもないですよ」

「そうか。ま、とにかく、白鷺のことはよろしく頼む。あいつに友達ができるなんて、めったに無いことだからな」

「へいへい」

 ん? あれ?

「すみません、先生。さっきの言葉なんですけど――――っていねぇ!?」

 藤崎の言葉に何か違和感を覚えたけれど、質問しようにも、既に藤崎は指導室の中から消えていた。

 本当に、霞か何かのように忽然と消えていた。

 何だよ、あの教師。忍者かよ?

「つか、呼び出した当人が先に帰るとか、教師以前に人としてどうかと思うんだけど」

 昨今の教師は質が落ちているなぁ、なんて、どこぞのコメンテイターぶったことを呟きながら、僕もその場を後にした。



 いじめについてどう思うだろうか?

 もちろん、その行為自体は唾棄すべき行動だろうし、苛められる側についても、一部の例外を除いて、大抵の場合は自業自得だったりする。

 問題は、苛めている側と苛められている側じゃなく、それ以外のその他大勢にある。

 ある意見では、苛めている者と、それを知っていて何もしないものは同じくらいに悪い、というものもある。逆に、わざわざ他人が苛められているのを助けるなんて、バカのすること。巻き込まれて自分も苛められるだけ、という意見もある。

 僕は別にどっちの意見が正しいとか、間違っているとかはどうでもいいと思う。

 大切なのは、どちらが自分の利益になるか、だ。

 分かりやすくいえば、そうだね。例えば、美少女が何故か教室で苛められているとする。その苛めから助ければ、自分も苛められる可能性があるけれど、その美少女とお近づきになれる可能性もあるわけだ。それを考慮し、助けるか助けないか、決めれば良い。面倒ごとが嫌いなら、胸を張っていじめを無視すればいいだろうし、美少女との仲を縮めたいのなら、堂々といじめから助ければ良い。それだけのことだ。

 ただ、一番いけないのは、どちらも選ばないで、ただ状況に流されていくことだと思う。

 さぁて、前置きが長くなっちゃったけど、つまり、僕が何を言いたいのかと言いますとね、

「助けるか、助けないか? それが問題だ」

 ってこと。

 僕は藤崎の呼び出しが終わった後、空き教室に急ぐため、少々ショートカットを使うことにした。本来なら、廊下を通って校舎内を移動しなければいけないんだけど、生徒指導室から空き教室に行く場合は、一旦、校舎の外に出てから回った方が早いのだ。

 僅か数分の差だけれど、白鷺さんを待たせていることもあり、できるだけ早く行こうとしたのである。

 うん、今思えば、それが間違いだった。

「ぎゃははは! ほら、虫らしく、草でも食ってろよ!」

「うっわ、くっせ!」

「だっせー、泣いてるぜ、こいつ!」

校舎から少し離れた、薄暗い場所。校舎の構造上、人の目が極力向かなくなっている場所で、一人の男子が、三人の男子に囲まれていた。校章の色から察するに、多分、一年生。僕より一つ下の下級生たち。

 三人の男子は、下卑た笑いを上げ、囲まれている男子へ暴力を振るっている。

 …………で、どうしようか?

 や、僕は白鷺さんを待たせないために急いでいるんだから、さっきの話から繋げるとすれば、僕はさっさと言葉を後にした方が良いに決まっている。

 けど、問題は、その後なんだよなぁ。

「嫌なもん、見ちゃったからなー。僕、できる限り白鷺さんと居るときは楽しくしたいんだよねぇ」

 TRPGで遊ぶためには、ある程度のテンションも必要だし。

 待たせた上、テンションが低くなって登場、じゃ、ちょっと白鷺さんに失礼だし。

 面倒だけど、これは仕方ないよね。

「あー、はいはい、君たちー。いじめかっこわるーい。うざーい。めんどーい。目障りー。ということで、さっさと止めてくれないかな?」

 僕はできる限り軽めな口調で、明るい笑みを浮かべて苛めっ子たちに声をかける。

「あ?」

 苛めっ子たちは僕を見ると、露骨に顔をしかめ、舌打ちをした。そして、ぐいぐいとしたから見上げるように睨みつけ、ずんずんと僕に近づいてくる。

「なんなんすか、せんぱーい」

「正義の味方気取りかよ?」

「うっわ、うぜ」

「つか、関係ないっしょ?」

「なに? 助ける俺、超カッコ良いとか?」

「ぎゃはははは! じゃねぇの!?」

「うっわー、はっずかしー!」

三人の下級生どもは、先輩である僕に対して、随分粋がったことをほざいてきやがる。

でも、僕はほらね、優しい先輩だから。普通人だから。こんなことを言われても、笑顔で優しい言葉をかけ続けるのです。

「いいから、黙って僕の前から立ち去れって言ってんだよ、ゴミクズども」

「あ?」

「ああ?」

「ああん!?」

 あ、うっかり。

 やれやれ、僕もまだまだだよねぇ。

「先輩だろうが、関係ねぇ! おい、テツ、シュウ! ちょっと教えてやろうぜ」

「いいね、いいね!」

「たかが年が一つ違う程度で威張ってる、この人に、社会って奴を教えちゃう?」

 なんか、テンションが上がってきている下級生三人。

 多分、まだ小学生気分が抜け切っていないんだろう。どこか、言葉の節々に『何をやっても子供だから許される』みたいな甘えが見え隠れしていた。

 バカだねぇ、ほんと。

 中学二年生がどれだけバカで、どれだけ吹っ飛んでいるのか、理解できてないなんて。



 ■■■


 僕の目の前で何が起こっているのか、よくわからなかった。

 ただ、いつも通り、ゴミどもに呼び出されているところに、どこからどう見ても地味なモブキャラにしか見えない先輩がやってきて、なんか、勝手に助けてきた。

 そしたら、案の定、ゴミどもが先輩に絡みはじめて…………気づいたら、ゴミどもが先輩に土下座していた。正確には、先輩『たち』だけど。

「でさ、僕だけじゃなくて、他の先輩たちの手も煩わせるって、どういうこと? ちょっとさ、君たちも中学生になったんだから、そこら辺、わきまえようよ」

「すみません! すみません!」

「ごめんなさい! もうしません!」

「もういじめなんてしませんから!」

 必死で頭を下げるゴミども。その先には、最初にやってきた地味な先輩と、その先輩の周りに集まっている、数十人の先輩たち。しかも、数十人の先輩たちはどれも、運動系のユニフォームに身に付けている。中には、本当に中学生か疑いたくなるような人も居た。

 こうなったきっかけは、地味な先輩の一言。

『みんなー! しゅーごー!』

 ゴミどもが先輩に何かしようとすると、先輩はいきなり、そんな事を叫ぶ。

 あまりにもいきなりすぎて、ゴミどもも僕も呆けていたけど、僅か十数秒後、その意味を僕は理解した。

 地味な先輩の号令に従うように、校舎内から、周りで部活をしていた人たちから、とにかく、声が届く範囲の、全ての人が集まってきたんだ。

 男女問わず、年齢問わず、全て。

『はーい、この中で二年生以上、運動部の男子は残ってくださーい。みんなで、いじめよくないってことをこの下級生たちに教えてあげようと思いまーす。それ以外の人は、うん、よく反応してくれました! これで、次のサバゲ大会じゃ、教師陣から逃げ切れるね!』

 その全てが、地味な先輩の言うことを聞いていた。

 誰も彼も、『しかたねぇな』とか『どうでもいいことで呼ばないで欲しい』とかぶつぶつ呟いていたけど、それでも、あんな地味な先輩の言葉に従っていたんだ。

 ここら辺であのゴミどもはやっと状況を理解できたらしく、がたがたと体を震わせていた。

 そんなゴミどもへ、地味な先輩は優しい笑顔で言う。

 『はい、それじゃ、今からちょっといじめについて話し合おうか?』

 そして現在に至る。

 ゴミどもはすっかり怯えきり、ひたすら頭を下げるばかり。完全に心が折れていた。

「はい、それじゃ僕が言いたいことはこれまでね。わかった?」

「「「は、はいぃいいいい!!」」」

「うん、それじゃ、消えろ。目障り」

 地味な先輩の一言で、あのゴミどもは蜘蛛の子を散らしたようにに逃げていった。

 その背中は、凄く小さく、無様に見えた。

「ふぅ、ということで、皆のおかげで学校の平和が守られました! みんな、ありがとぅ!」

「や、ありがとうはいいんだけどさ、佐々木。それより次のサバゲ大会の概要教えろよ」

「そうだぜ、みんな楽しみにしたんだ」

「そもそも、どうやって教師どもの目を逸らすんだ? なんか、中学校なのに異常に夜の警備が凄くなってたぞ?」

「ふふふふ、聞きたいかい? だが、慌てなさんな! 後でしっかりプリント配るよ。僕はこれから白鷺さんと放課後T(TRPG)タイムだから、また後でね」

「てめぇ! 人を呼び出しておいてそれかよ!」

「しかも、美少女と放課後に待ち合わせ!?」

「くそ、爆発しろ」

「もげろ!」

「そしてなにより」

『俺たちにも可愛い女の子紹介しろ!』

「……うんとね、皆。そんなことを大声で言うから、ほら、君たちの周りに生息している女子(猛獣)が、『へぇ、私たちは可愛くないと?』みたいな視線を送ってきているから」

『ひぃっ!!』

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、地味な先輩はこの場から立ち去っていく。

 まるで、僕なんて存在、初めから気にも留めていないように。

「あ、忘れてた」

 突然、先輩はくるりと振り返り、僕の方に視線を向けた。

 やっと、気にかけてもらえた。

「あの、あの、そのっ」

 僕は先輩になんて言っていいかわからなかったけど、とにかく、何か言わなきゃいけないと思い、口を動かす……けれど、言葉は結局出なかった。

「ん? 何か言うことがあるのかい?」

「い、いいえ、なんでもありません……」

 そんな俯く僕に、先輩はどこか乾いた声で告げる。

「言っておくけど、今回のこと、僕に助けられたと思うなよ。君はたまたま運が良かっただけだ。あいつらの心は折ったから、もういじめなんて不毛なことはしないだろう。けど、だからといって、君がもういじめられなくなるわけじゃない。だから、これだけは胸に刻んでおいて。今回、君は全然助けられてなんか居ないし、救われてなんか無い。ただ、そこにいただけのどうでもいい存在だ」

 僕にそんな言葉を告げると、先輩たちはあっという間にこの場から居なくなった。

 まるで、初めから僕だけしか居なくなったような、そんな気すらするほど、この場所には僕しか居なかった。

「あ、うあ…………」

 声は、喉の奥から自然にこぼれた。

「うわぁ、あああ、ああああああああっ!!」

 生温かい液体が目の端から流れ、喉の奥が引きつり始める。

 悔しかった。

 苛められるよりも、何よりも、僕はさっきの先輩の言葉が悔しかった。

「ひっく、ああぁ、はぁああああっ!」

 何も言い返せず、何もできなかったことが悔しかった。

 力だ。

 力さえあれば、僕はあんなことを言われずに済むんだ! 力さえあれば、苛められないし、力さえあれば、みんな僕を無視しない!

 だって、あの先輩だって『数』っていう力を使ったじゃないか!

 あんなふうに、凄い力が僕にあれば、あれば…………ちくしょう。

「なんで、なんで僕は、こんなに弱くて惨めなんだ」

 くそくそくそ! 力さえあれば!


「力が欲しいのかい?」


 今度こそ、はっきりとその声は聞こえた。

「何もかも蹂躙するような、力が欲しいのかい?」

 さっきまで何も無かったはずの、僕の眼前。

 そこには、くすくすと笑みを漏らす、灰色の影が――――


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