人を殺すこと
「ねぇ、佐々木君。私が怖くないの?」
唐突に、白鷺さんが僕に尋ねてきた。
僕が白鷺さんのマンションを訪れ、一騒動が無事終わり、一通りの説明も終わったところで、白鷺さんが夕食をおごってくれるということになったのである。
「どれがいい?」
無表情に差し出してくるカップラーメンを前に、僕は白鷺さんになんて言ったらいいのか分からなくなってしまいました。別にカップラーメンは嫌いじゃないんだけど、できれば、白鷺さんの手料理とかが食べたかったかなー? なんて、図々しく言ってみると、白鷺さんは何処か遠い目をしながら答えた。
「周りから、料理はしないようにと言われている」
なんとなく、事情は察することはできた。
それならしょうがないから、今回は僕が手料理を振るおうと食材を探してみたんだけど、なんと、冷蔵庫の中はほとんど空で、ある物といったら卵とミネラルウォーターぐらい。
なにこれ?
思わず僕は呆けた顔をして、そんなことを呟いてしまう。
だって仕方ないだろう。気合入れて、白鷺さんに良いところを見せようとした矢先でこれだったんだから。こんなの、どんなに頑張ってもゆで卵か玉子焼き、あるいは目玉焼きぐらいしかできないっつーの。
それ以前に、普段は何を食べているのかと白鷺さんに訊くと、
「コンビニ弁当」
と、短く答えてきたので、とりあえずこの子の親御さんに代わって叱っておいた。
まったく、今度一緒にスーパーに行くよ! というか、無理やりにでも連れて行くから、そのつもりで! とか、そんな感じに叱っていると、なぜか白鷺さんは小首を傾げる。
「デートのお誘い?」
なんという、ポジティブ思考!?
もういいや、それで。でも、そのときは無理やりにでも食材の買い方とか教えるから! というか、一人ぐらいなの? 親御さんは? いや、組織の一員なら、中学生でも一人ぐらいするだろうけどさー、などとぶつぶつ言う僕。
そんな僕にさらっと白鷺さんは言った。
「初デートで無理やりだなんて、佐々木君、大胆」
そこしか聞いてねぇ!? いや、脳内で色々都合が良いように改変してやがる! ええい、頬を染めるな、思わずきゅんとしてしまうだろう。
…………まぁ、こんな感じで、僕らはカップラーメンを啜っていました。
そんな時の、白鷺さんの一言だった。
「なんで?」
僕は、その一言に対して、質問で返す。質問を質問で返すのはマナー違反だけれど、割とシリアスな場面なので、適当に答えないためには状況理解が大切なのである。
白鷺さんは少し言葉に詰まると、僕から視線を外し、俯き加減で答えた。
「私が、人殺しで【異能者】だから」
「……あー、なるほどねぇ」
確かにそりゃ、いきなりクラスメイトが人を殺して、さらに普通じゃない力を持つ人間だって知ったら、それなりに恐怖するかもしれない。
いかれた女子に切りつけられた左手の痛みを思い出す。
包帯に巻かれた今でも、じくじくと痛みを発し続ける左手。
痛みと共に、鮮明に浮かび上がる恐怖。
正直、僕はあの時、ナイフを持った女子も怖かったけど、あっさりと人を殺してしまった白鷺さんにも恐怖を覚えていたのである。
あの時、白鷺さんを引き止めることができたのは、多分、奇跡だろう。
けれど今、こうやって僕が白鷺さんに答えを返すことは、奇跡なんてものじゃない。
「別に、怖くないよ」
この答えは嘘じゃない。
「どうして?」
本当に不思議そうに、白鷺さんが訊いてくる。
だから僕は一息吐くと、努めて軽い口調で説明していく。
「や、だってさ、人殺しって別に、特別でもなんでもない、普通のことだぜ? 人間、意識的であれ、無意識的であれ、他人を殺し続けながら生きてるもんだし。今更、それが、目の前に現れたってだけで、そんなに怖がる意味が分からないね」
そう、人殺しは普通だ。
万国共通で行われているし、日常的に行われている。
知らず知らずのうちに、誰かが原因で見知らぬ誰かが死ぬことだってある。僕が原因で、誰かが死んでしまったこともあるかもしれない。
だから、僕は普通のことは恐れない。
何かのために誰かを殺すことは普通だから、僕はそれを恐れないのだ。例え、それが【異能者】とかであっても、同じこと。
生きるために他の動物を殺している人間が、長いこと同類同士で殺しあっていた僕らが、今更、それっくらいのことで怖がったりするほうがおかしいだろう。
少なくとも、僕はそう思う。
けれど、ここはわかりやすく、そして格好付けながらこう言うことにした。
「それに、白鷺さんは僕を助けてくれたじゃないか」
白鷺さんは、しばらく僕の方をじっと、無言で見つめて続ける。
僕はそれに笑顔で応える。
そんな奇妙なやり取りが一分程度続いた後、白鷺さんはぽつりと呟く。
「ありがとう」
なんで助けた方がお礼を言うのか分からなかったけど、とりあえず、僕は普通に言葉を返す。
「どうしたしまして」
こんな感じで、初めて白鷺さんのマンションへ行った時のエピソードは終わった。
■■■
ああ、死にたい。
殺したい。
死にたい、殺したい、死にたい、殺したい死にたい殺したい死にたい殺す死に殺して死んで殺すの死んで殺して死んで殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!
「おい、誰が休んでいいって言ったよ?」
ゴミクズの声が聞こえる。
どふっ、と腹に来る衝撃。
僕はむせ返り、大きく咳き込む。
「ぎゃはははははは!」
「虫みてぇ!」
「うっわー」
ゴミの声、多数。
多分、生ゴミか不燃ゴミ。
ゴミ収集車が早く来て欲しい。目の前のゴミが臭くてうざいんです。誰か、処分してください。ぶっ殺してください。
とか、こんなことをいくら思っても、僕の日常は変わらない。
ネット小説のように、いきなりチートな力を使えたらいいのに。いきなり、魔王の力とか、手に入ればいいのに。
そうすれば、そうすれば…………
『欲しいかい? 魔王の力』
多分、空耳だったけど、そんな声が聞こえた。




