プロローグ
とりあえず、試験的に始めてみました。
もう一つの連載の間の、息抜き的な感じです!
もし良ければ、読んでやってください。
2012/1/28 修正しました。
「いいですか? 男たる者、いつも心にBGMを流していなければいけませんよ。なぁに、難しい話ではありません。挫けそうな時、自分で自分が嫌になってしまった時、自分の好きな曲を思い浮かべるだけでいいんです。それだけでいいんです。それだけ出来るようになればきっと、貴方はどんな困難にだって向かっていけますよ」
俺がまだ九九の計算も出来ない子供だった頃、親父がそんなことを言っていたのを、ふと思い出した。
その時は親父が言っていることの意味も、親父がそれを言う意味もわからなかったけれど、『いつも心にBGMを』という言葉だけは、いつでも頭の隅に残っていたんだ。
そして――――俺は中学三年の冬に、その意味を知ることになる。
「くくく、どうしたのかな? 今更になって躊躇っているのかい? 今更になって怖くなったのかい? ははっ、無理もないだろうけどね」
吹き付ける雪の嵐が俺の視界を極端に狭めていた。
だが、その灰色のフードを被った赤髪の少年の姿だけは視界に納めている。
いくら雪が俺の手をかじかませようが、この手に握るちっぽけな鉄の塊だけは絶対に離さない。
「誰だって、人を殺すときは躊躇うし、恐怖するものなのだから」
赤髪の少年が穏やかに微笑みかけてくる。
自分の左胸にナイフが深々と突き刺さって、途切れることなく赤い液体が流れ出ているというのに、まるで苦痛を感じていないかのような表情だ。
だからこそ、余計に俺の決意を鈍らせる。
もっと醜く足掻いてくれれば、もっと未練がましく喚き立ててくれれば、その音に掻きたてられるように、この鉄パイプを振り下ろせるのに。
吐き出す息は荒く、白い蒸気となって吹雪の中に消えていった。
「・・・・・・・・・・・・いつも心にBGMを」
俺は魔法の呪文のように、親父が教えてくれた言葉を呟く。
心の中でBGMが流れ始める。
選曲は俺の記憶の中から一番印象に残ったもの。幼い頃、親父と一緒によく見ていたアニメの主題歌。
今思えば、無駄に暑苦しい曲だったけど、この吹雪の中なら丁度良い。
凍えそうな心を奮わせるには、これくらい熱くなければ。
穏やかに笑う目の前の少年を見据え、俺は鉄パイプを振り上げる。
「ああ、やっと決意できたのかい? ま、このまま放っておいても私は死ぬわけだけれど、そうやって律儀に止めを刺すところが、彼の息子らしいよ」
「・・・・・・最後の言葉はそれでいいのか?」
赤髪の少年は肩を竦め、苦笑した。
「この私にその猶予を与えるあたり、まだまだ甘いけどね」
「心配するな。俺なら、お前が抵抗する前に一撃で止めを刺せる。それに、今のお前はそんなことを考えていない」
「・・・・・・・・・・・・はははははっ! 前言撤回だ! 君は全然、甘くない。むしろ、その対極にあると言って良いかもね。全部わかりきっていて、その上で私に言葉を吐かせるだなんて、厳しすぎはしないかい? 私にも、君自身にも」
俺は答えず、ただ愉快そうに笑う赤髪の少年を睨みつける。
赤髪の少年は愉快そうに笑いながら、これから訪れる結末を受け入れるかのように両腕を広げた。
「祝福しよう、【サトリ】の少年よ! 【魔法使い】であるこの私を、単身で討ち破った君に、生涯最高の呪いを掛けてあげよう!」
俺は、心の中で流れるBGMのサビに合わせて、鉄パイプを振り下ろす。
嫌な感触が手に残った。
嫌な音が耳に残った。
――――――救いなんて、無かった。
中学三年の冬、俺は一人の少年を殺した。
その代償として、俺の心は、この吹雪の世界に閉じ込められた。
誰も居ない、孤独な世界に。