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側室(仮)の外出。(2)

 出掛けるぞ、と言った後の陛下の行動は早かった。

簡易的に支度を済ませた私を抱え上げ、王宮へと向かう。後宮の門を出るだけでも、私はかなりビビっていたけれど、止められる事は無かった。私を抱えている方が誰であるかを考えれば、当り前なのだけれど。



 王宮の一室に辿り着くと、とても綺麗な女性が出迎えてくれた。



 『頼んだぞ、ミレイ』と告げ、退室してしまった陛下を視線で追う私は、さぞかし情けない顔をしていたのだろう。

緩く波打つ銀糸を結い上げた美女は、氷を思わせる薄いブルーの瞳を細め、優しい笑みを浮かべる。

その笑みが誰かに似ていた様な気がしたが、誰なのかまでは思い出せなかった。



 『普段の御衣装では、街に出るには不向きですので』と説明してくれた彼女に支度を手伝ってもらう。

白と桃色を重ねた襦裙(じゅくん)は、生地は上質だが、華美さが無かった。丈も何時も纏うものよりも短い。

髪は上の方だけ掬いあげ、碧玉の簪でとめる。



 地味な顔も相まって、何処からどう見ても、市井に溶け込む事間違い無しなモブ子の出来上がりだ。



 ……そう思っていたのに、陛下は私を見て目を瞠った。

頬を淡く染め、甘く笑みながらの『可愛い』は、破壊力が凄かったです。危うく気絶して、お出掛けを台無しにする所でした……。



 陛下も当然、着替えていました。

暗い紅の上衣を黒の帯で留めた、極シンプルなデザイン。装飾品は一切付けておらず、前髪も下ろしている彼は、格好だけみれば普通の男性だ。とんでもない美形な事を除けば。



 格好良いです、とは言えなかった。

陛下は煌びやかな物全てを取り払っても、陛下だった。

天駆ける龍の描かれた鮮やかな衣装で、沢山の人に傅かれていなくても、存在感が違う。

きっと何処にいてもこの方は、埋没する事なんてないんだろう。



 陛下に手を引かれながらも振り返れば、ミレイさんは綺麗な笑顔で見送ってくれた。

突然の外出に、誰も何も言わないけれど、見送ってくれた彼女や門番さんらは咎められたりしないのでしょうか。

そう問えば、陛下は笑って、大丈夫だ、とだけ応えてくれた。



 厩の外に用意されていた綺麗な赤毛の馬に乗り、私達は城を出る。

初の乗馬が怖すぎて、城の外の景色は全く堪能出来なかった。視界が高過ぎです……!



 馬の背に掴まろうとしたが、引き寄せられ、結局陛下にしがみ付く。

高さと揺れに慣れる前に、目的地に着いたらしい。



 馬が止まっても、私はまだ揺れているかのような感覚を引き摺っていた。

蝉の如く引っ付いていた私を、無理矢理剥がしたりせず、陛下は私が落ち着くのを待ってくれる。

髪や背を緩く撫でてくれる大きな手のお陰で、漸く復活してきた私に気付いたのか、陛下は一声かけた後、馬から降りた。



「サラサ」



 呼ばれ、手が差し伸べられる。

一瞬躊躇えば、優しい笑み付きで、おいでと促された。これに私が逆らえる筈が無い。

勿論即座に手を重ねた。お手するワンコですか、私。



 軽々と私を抱き上げた陛下は、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。



「…………」



 ジャリ、

布製の沓越しに感じるのは、固い石畳の感触。何ら珍しいものでは無い。

それでもこの一歩を特別に感じてしまう。後宮という特殊な箱庭にいた私は。



 足元を凝視していた視線を上げる。

そこで漸く初めて私の体が機能したみたいに、色んな情報が飛び込んできた。



 曲がり角の向こうから、喧騒が聞こえる。威勢の良い掛け声と、騒めき。沢山の人で賑わっている事が、此処からでも分かる。

食べ物を扱っているお店が多いのか、煮炊きの煙が立ち上る。食欲をそそる匂いもした。



「市に寄って行こう」



 そう言って陛下は、馬を引く手とは反対の手を私と繋いだ。



.

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