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側室(仮)の迷い。



 サラリ、

艶やかな漆黒の髪に指を通す。何度もそれを繰り返していると、私の膝に頭をのせた陛下は、機嫌良さげに瞳を閉じた。



 顔色の悪い陛下が心配で、お休み下さいとお願いしたのだが、陛下は頷いてはくれなかった。

でも引き下がる訳にはいかないと、しつこく食い下がった結果、渋々と頷いて下さった。不機嫌そうに寄った眉間のシワや眇められた瞳に、怒らせてしまったかと怖くなったのだけれど……今考えると『怒っていた』のでは無く『拗ねていた』表情だったんだろう。



 膝枕をしてくれ。

それなら、休む。そう言って陛下は、まるで機嫌を損ねてしまった子供みたいだったから。



 膝枕をして直ぐに、不機嫌そうな様子は消え去り、今では上機嫌だ。

なんて可愛い方なんだろう。そんな事を考えていると知られれば、また機嫌を損ねてしまいそうだけれど。



「……サラサ」


「はい」



 低く艶のある低音が、私を呼ぶ。返事をすれば、陛下は目を開ける。

黒曜石の瞳が、見下ろす私を映した。



「何もなかったか」


「……」


「オレがこれない間に、お前を煩わせるような事は、なかったか」



 目を瞠り、一瞬固まってしまった私が答える前に、陛下は言葉を続け、問いを重ねる。



 私はゆっくりと、かぶりを振った。



「何も」



 少しだけ頭の片隅を掠めたものには触れずに、ただ微笑む。

けれど返されたのは、困ったような苦笑だった。



「……誤魔化すのが下手だな、サラサ」


「…………」



 嘘はついたつもりは無かった。けれど、目を逸らしたものがある事も事実。



 言葉に詰まる私を見て、陛下は苦笑を微笑に変える。その穏やかな瞳や笑みは、大人の男の人のもので、さっきまでの少し幼い顔が幻であったかの様。

下から伸びた大きな手が、私の髪をそっと撫でた。



「キサトがお前に何か贈ったそうだな」


「……はい。頂きました」


「オレよりも先にお前に贈り物をするとは、許せん」



 冗談めかして、陛下は言う。私の肩の力を抜かせるように、わざと(いかめ)しい表情を作って。

その優しさを嬉しいと思うのに、上手く笑えなかった。



「陛下には、本を頂きましたよ」


「あれは数えてくれるな。お前には、もっと良い物を贈りたい」


「いいえ。私は、嬉しかった。……宝石も美しい衣装も、私には勿体ないです」


「サラサ」



 宝石も衣も、私には価値が分からない。

嬉しいよりも先に、その重さに押しつぶされそうになった。



「……そんな顔をするな」



 陛下の手の甲が、私の目元をゆるゆると撫でる。涙は出ていない。

でも多分、泣きそうな顔をしているんだろう、私。



「……陛下、申しわけ、」


「謝るな」



 私の謝罪を陛下は遮った。



「謝らなくて、いい」



 陛下は、優しい。

今更になって、重さに押し潰されそうになっている私に気付いているだろうに、責めない。

臆病な私を、急かす事なく待ってくれている。



 それなのに、その優しさに応える事が出来ない自分が歯痒い。



「望まないお前に、色んなものを押し付けようとしているのはオレだ。謝るなら、オレだろう」


「いいえっ、」



 望まないものじゃ、ない。

私は、貴方を望んだ。それに付随する力や争いを、視界にいれる事が出来ていなかっただけで。



 私が好きになった方は、この国の頂点に立つ方。

全てを切り離して、アカツキ様だけを欲しがるなんて、出来っこないのに。



『唯一の寵妃……つまり貴方は現在、この後宮の誰よりも、皇后の地位に近いと言う事なのだから』



 アヤネ様に言われるまで、考えもしなかった。

皇帝陛下と、両想いとなる事の意味を。



 私は、陛下の事が好きな、ただの小娘です。

もっと言うなら、この国の民……いえ、この世界の人間ですらない。



 そんな人間が、この国の頂点に君臨する方の隣に立つなんて、許されないんじゃないか、そう思ってしまう。



「……いや、謝るべきはオレだ。お前が望まないと知っているのに……オレはサラサに、隣にいて欲しいと思っている」


「……へい、か」



 無意識に胸の辺りを押さえた。

胸が苦しい。嬉しい、嬉しい、嬉しいのに、苦しい。怖い。



 じわりと滲んだ涙を、陛下の指が掬い取る。



「わたしは、……この国の事を、殆ど知りません」



 箱入り娘以上に、私は何も知らない。

本やアヤネ様のお話で、知識は少しだけあっても、肌で目で耳で、己の体で得た情報は無いに等しい。



 そんな私が、この方の隣に立つ資格はあるのでしょうか。



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