側室(仮)の幸福。
過糖気味です。
苦手な方は、回避して下さい。
「……陛、っ?」
陛下、と呼び掛ける声は途中で途切れた。
強い力で腕を引かれ、ぼふり、と何かに押し付けられる。肌触りの良い上質の布越しに感じるのは堅い感触。
背中に回された手が私の背や後頭部を擦り、辿る。抱き締められているのだと理解するまで、随分と時間がかかってしまった。
「……へ、陛下っ?」
な、なんで突然抱き締められているの?
状況がいまいち把握出来ていない私は、慌てふためき、戸惑う事しか出来ない。どもってしまって、恥ずかしさは更に倍増だ。
けれど陛下は、そんな私のテンパり具合は気に留めず、私を強く抱き締める。
「サラサ……」
囁く様に私を呼び、陛下は私の髪に顔を埋める。
そのまま其処で深く息を吸われ、卒倒しそうになった。
「あぁ……本物のサラサだ」
甘い声音で言われた言葉は、私の耳には入ってこなかった。
気を失わなかっただけでも、誉めていただきたい。
だって私、テンパって変な汗かいてました!におい……汗臭かったら死ねる!!
そんな泣きそうな私の気持ちも知らずに、陛下は擦り寄る様に私の髪に顔を寄せた。
「どれだけ会いたかったか……。仕事が一段落つくまではと、執務室に軟禁され気付けば十日近くお前の顔さえ見れなかった」
抱き締める手に、だんだんと力がこもる。
苛々した声で陛下は、鬱憤を吐き出す様に話を続けた。
「寝る時くらいはせめて、とは思ったが、あまりにも遅い時間にお前を起こすのも憚られるしな……。毎日新たに積み上げられる書類の山を見て、面倒を起こす輩ごと火にくべてやりたいと何度思った事か」
「……へ、へいか」
「何度もお前の夢を見た。揺り起こされてお前の名を呼ぶ度に見るのが嫌そうに歪められたセツナの顔で、眠る事が苦痛になりかけたな……」
「陛下っ」
「ん?」
背中をタップし、何度目かで漸く気付いてもらえた。
不思議そうな目で覗き込んでくる陛下に、私は必死で訴える。
「うで、っ……苦しい、のですが……」
「あ……、すまないっ」
一瞬間をあけて、陛下は慌てて腕の力を緩めてくれた。
胸を押さえながら深く呼吸を繰り返す私の背を擦り、陛下は珍しくも狼狽している。
「力を加減する事を失念していた。本当にすまない。……大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
ちょっとお花畑が見えかけた気もしますが、忘れましょう。
危うくピョ○吉の気持ちが分かりそうになってしまった事も、きっと気のせいですね。はい。
「痛い所は?骨に異常は無いか?」
眉間にシワを寄せ、悔やむ様な表情となった陛下に、私は緩く笑む。
ゆっくりとかぶりを振れば、陛下は、安堵した様に息を吐き出した。緩んだ表情は、いつもより幼く見える。
7つも年上の男の人を、可愛い、なんて変でしょうか。
「……おかえりなさい」
好きだなぁ、と思う気持ちのまま笑みを浮かべると、合わせたままの漆黒の瞳が瞠られた。
「……サラサ」
丸くなっていた瞳が、ゆっくりと細められる。
僅かに頬を染め眉間にシワを寄せた陛下は、そっと私の頬を右手で包む。表情も、私の名を呼ぶ声も、壮絶に色っぽい。
……あ、あれ?
何時も通り、『ただいま』と言われたから『おかえりなさい』と返しただけなのに、何でこんな雰囲気になっているんだろう。
展開について行けず、固まっていると、だんだんと陛下の綺麗な顔が近付いてきた。
瞳の光彩や、肌理まで良く見える。
……ん?
何となくじっくりと見てしまっていた私は、陛下の不調に気付いた。
今度は私が、陛下の精悍なお顔に手を伸ばす。
「……サラサ?」
目元を指で辿ると、頬が一層赤く染まった。
戸惑い私を呼ぶ声には返事をせずに、私は陛下の顔を両手で包む。
「……陛下」
「っ、……な、何だ?」
明らかに狼狽している陛下に向けて、私は真顔で告げた。
「クマが凄いです」
「…………」
……熊?
ポツリと陛下は呟くが、イントネーションが違います。熊さんではありませんよ。隈です。
肌も荒れているし、少しやつれた気がする。
お忙しいとは聞いていたけれど、殆ど寝る間も無かったんだろうか。
私は困惑する陛下の腕を引き、寝台へと導く。
「サラサ?」
「早くお休み下さい」
「!?っな、何故だ」
背後に周り、寝台に押し込めようとする私に、陛下は動揺し振り返る。
私の手を掴んだ陛下は、何故か蒼白な顔で私を覗き込む。
何でしょう。何故そんな切羽詰まったお顔を?
疑問に首を傾げつつ、私は答えた。
「あまりお休みになれていないのでしょう?」
「……サラサ?」
「目元に隈が出来ていますし、少しお痩せになりました。お顔の色もあまり良くありません」
お体が、心配です。
そう告げれば、陛下は脱力した様に寝台に腰を下ろした。
掴んだままだった私の手を引き、柔らかく抱き寄せる。
中腰の体勢で陛下の肩口に顔を埋めると、耳元で大きなため息が聞こえた。
「……良かった。何かしでかして嫌われたかと思った」
「……そんな訳、ありません」
本気で安堵した様子に、どうしようもない恥ずかしさが込み上げてくる。
けれど、それ以上に、とても幸福で。
私は赤くなった顔を隠すように、陛下にしがみ付いたのだった。
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