側室(仮)の困却。
本日の天気は晴天。
透き通る様な青と白い雲のコントラストが目に焼き付く。
穏やかな南風が心地好く、誰もがフラリと外に誘われる……そんな陽気の日。
「…………」
後宮の一角にある自室にて、私は困惑していた。
「これは何かしら……?」
次々と運び込まれる荷物に、私は戸惑う。隣のカンナを見ると、彼女は困った様な笑みを浮かべた。
「サラサ様への贈り物です」
「贈り物……」
鸚鵡返しで呟いた私は、今一度荷物へと視線を移す。
横幅四、五尺程の大きな箱は衣裳箱の類いだろうか。蓋の部分の四つ角には、蔓をモチーフとした金具が嵌められ、側面には鮮やかな大輪の花が描かれている。
中に何が納められているかは分からないけれど、箱そのものも芸術品としての価値が高そうだ。
他にも螺鈿細工が施された漆器や、素人目にも高そうな壺等、器だけでも取り扱い注意な品物ばかり。
「……贈り物と言うのは、一体どなたからなの?」
「戸部官吏、キサト様よりの贈り物です。キサト様はご側室のチヨリ様のお父上であらせられます」
「え……?」
そのお名前に、私の困惑は更に大きくなった。
チヨリ様を知らない訳じゃない。勿論名前もお顔も知っている。
……けれど、直接言葉を交わした事は殆ど無い。
ルリカ様のお茶会でご一緒した程度です。あの方はルリカ様と懇意にしていらっしゃる様でしたから。
「変わり身の早い事だ」
呆れを隠しもせずに、深いため息を吐き出したのはイオリだ。
以前私の護衛を勤めてくれていた彼女は、事件の収束と共にその任を終えたのだが、またこうして傍にいてくれる事になった。
「エイリ様が去り、お仲間も去り、身を護る術が無くなった方は必死ですね」
苦笑を浮かべたイオリは、辛辣にそう言い放った。
確かにルリカ様が去られた後、彼女と懇意にしていた方がお二人、後に続くように後宮を去った。
ご実家の方も、エイリ家と浅からぬ縁をお持ちだった様で、没落に引き摺られるように力を削がれてしまったらしい。
「……孤立してしまっているの?チヨリ様は」
呟く様に問う私に、イオリもカンナも困った様な顔付きになる。
その問についての返答はなかった。
チヨリ様……正しくは彼女の御父上が、私に贈り物をした事が知れ渡れば、彼女は私サイドの人間だと思われてしまう。
私の存在を快く思わない、高官、貴族、側室方に敵視されるでしょう。
そうなっても構わないと思っているならば、彼女自身もご実家も、かなり差し迫った状況にあるのでは。
……でもこの贈り物は、素人目にも高級そうですし、経済的に困窮している様には見えない。中身は未確認ですが。
考え込み、じっと贈り物を見ていると、イオリは先回りする様に口を開いた。
「サラサ様、念の為調べさせて頂きますので、どうかお手を触れぬ様お願い申し上げます」
「……はい」
ハッと、目を見開く。
目を覚ませと、頬を叩かれた気がした。
アヤネ様達にも、散々注意されたでしょう。
敵は、国の外だけにいるのではない、と。
勿論運び込む前に検査はしているでしょうから、問題は無いでしょうが、と安心させる様にイオリは微笑む。
そんな彼女に、私は硬い表情で頷く事しか出来なかった。
「…………」
時間は夜半過ぎ。
寝室の窓から見える半分欠けた月を見ながら、私は深いため息をついた。
結局頂いた贈り物は、中身を見ていない。カンナに頼んで片付けては貰ったけれど。
正直、会った事も無い人から、理由も無く贈り物を貰うと言うのは、あまり嬉しいものでは無い。
突っ返してしまえるものなら、そのまま送り返したいくらいだ。
寵妃であると周囲に認識されたからには、嫌われる覚悟はしていたものの……こういうパターンは想定していなかったぁ、とボンヤリ思った。
――コンコン、
どの位、そうしていたんだろう。
ドアをノックする音で、私は我に返った。
深夜に私の部屋を来訪する人なんて、一人しかいない。
でも、その方はここ最近とても忙しくて、お顔さえ見れない日がずっと続いていた。
一瞬夢かと思い躊躇したが、それは数秒の事。私は慌てて寝台から降りて、扉へと向かう。
勢い良く開いた扉の向こうで、その方は目を軽く瞠り、
次いで、嬉しそうに瞳を緩めた。
「……ただいま、サラサ」
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