側室(仮)の現実。(3)
「…………」
私は目を瞠り、息を止める。
咄嗟に反応する事は、出来なかった。
数秒固まった私は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。詰めていた息を吐き出しながら、窺う様にぐるりと見渡すと、集まる視線。
皆が私を見ていた。
真っ直ぐに向けられる、三対の瞳。……いや、後ろから感じる、扉付近に控えていたカンナの視線を含めると四方から四対。逃げ場は無い。
「…………」
困り果て、ひとしきり悩み唸った私が出した答えは……、
「……たぶん」
何とも頼りないものだった。
「……何なの、その微妙な返事は」
情けなく眉を下げた私に、アヤネ様は呆れを多く含んだため息を洩らす。
確かに微妙過ぎる答えだと自覚しているので、反論は無い。
「…………」
好きだと、言われた。
あの方の言葉と真摯な瞳を、疑いたく無い。
それなのに私が言葉に詰まるのは、未だ清い身である事が理由。
だって、寵妃ですよ?皇帝陛下が寵愛する妃が、し、処女とか!!聞いた事ありませんよ!!
寵妃どころか側室と名乗る事さえも躊躇われる有様です。
「たぶんじゃなくて絶対よ」
私の自信無さげな発言は、思わぬ所からの援護を受ける事となった。
声の方向……ホノカ様に視線を向けると、私は違う事に気を取られた。
彼女の前にあった茶菓子の殆どが消えている。あの細腰の何処に入ってしまったんだろう。
普段の食事はそれ程食べない……寧ろ食が細いのだと判断していた位なのに、お菓子は食べるとか何処の子供だ。
この方の食生活を一度見直す必要がありそうですね。
どんどんと違う方向に進み始めた私の思考は、シャロン様の声によって引き戻された。
「絶対、ですか」
「うん、絶対」
大きく瞳を瞠るシャロン様。対するホノカ様は、コクリと稚い仕草で頷いた。
「私は……実は陛下が苦手だったりするので、あまり接する機会は無いのだけれど」
そう前置きをするホノカ様に、私とアヤネ様はギョッと目をむいた。いくら親しい人間しか傍にいないとはいえ、皇帝陛下に向かって……。
不用意な発言をした彼女よりも焦る私達を余所に、シャロン様はやけに熱心な目でホノカ様を見ていた。
……あれはもしかしなくとも、親近感を覚えていますね。
語らずとも彼女の目が、『分かります!私も!私も!』と告げている。
思わず脱力してしまいそうな空気の中、ホノカ様は話を続けた。
意外な位、真剣な瞳で。
「そんな私でも、分かる。陛下にとってサラサは特別な存在よ。貴方に危機が迫っていると知った時のあの方は、とても動揺されていたわ」
「……陛下が、動揺?」
怒気も顕わに、ルリカ様の部屋へ踏み込んで来た陛下を思い返す。堂々とした様は、動揺とはかけ離れていたけれど、確かにその目には焦燥があった。
あの緊迫した場面で、自分だけを思ってくれたなんて自惚れる事は出来ないけれど、気にしてくれたのはきっと本当。
「冷静で隙の無いあの方が、貴方の事で取り乱した。……それだけで充分な証拠だわ」
「ホノカ様……」
最後に微笑んで太鼓判を押してくれたホノカ様に、私は言葉をなくす。
成り行きを見守っていたアヤネ様も、ため息を一つ吐き出し、表情を緩めた。
「そう。……良かったわね」
アヤネ様が小さく呟いた祝福の言葉は、とても重く深く、私の心に響いたのだった。
私は、幸せだった。
陛下に好きだと言っていただけて。
大切な仲間に祝福されて。
暖かな気持ちだけを噛み締めていた。
……陛下が、私の大切な方が、『皇帝陛下』である事を本当の意味では理解していなかったのかもしれない。
「……でも、サラサ。貴方はこれから大変よ」
アヤネ様の気遣わしげな言葉を聞いても尚、思い至らなかったのだから、私の単純さと鈍さは相当なものだと思う。
これから。その言葉の持つ、とても重い意味を。
「唯一の寵妃……つまり貴方は現在、この後宮の誰よりも、皇后の地位に近いと言う事なのだから」
私は思い知るのだ。
―――これから。
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