側室(仮)の現実。(2)
「……安心したわ」
「え?」
別室に移り、カンナに淹れてもらったお茶で一息つくと、アヤネ様は小さく呟いた。
言葉の意図が掴めず、問い掛ける様に視線を向けると、彼女は優しく笑む。
普段は理知的な光を宿す瞳を、穏やかに緩め、アヤネ様は言葉通りに安堵のため息を溢した。
「元気になって良かった……もう、大丈夫ね」
「!……アヤネ様」
それは、身体の事だけを指しているものでは無かった。
私が挫けかけた時、傍で支えてくれた彼女だからこその言葉。
時に姉の様に母の様に、厳しさと優しさを与えてくれるアヤネ様には、感謝してもしきれない。
慈愛に満ちた瞳が少し照れ臭くて、それ以上に嬉しくて。
私は、はにかむ様に笑い頭を下げた。
「はい。ご心配おかけしました」
「本当よ」
片目を瞑って少し意地悪くアヤネ様は言う。悪戯っぽい笑みは色っぽいのに何処か可愛らしかった。
「シャロン様も、ありがとうございます」
「い、いいえっ」
シャロン様は、慌てた様子でかぶりを振った。可憐な美貌を赤く染めた彼女は、次いで嬉しそうに破顔する。
良かった、と小さく呟いたシャロン様の言葉を聞きながら、私は改めて自分が如何に恵まれているかを再認識した。
ホノカ様やカンナにもお礼を言わなきゃね、と視線を移す。
とても柔らかな幸福を噛み締めていた私は、ふと向けた視線の先、アヤネ様の表情が曇っている事に気付いた。
「……アヤネ様?」
「……え、……あ、ごめんなさい。考え事をしていたわ」
声をかけると、アヤネ様は我に返った様に瞬きをした。
ぼんやりとしていた瞳に、光が戻る。
「……どうかなさいましたか?」
「大丈夫よ。これからまた大変そうだわって考えていただけ」
そう言って笑う彼女は、何時も通りのアヤネ様だった。一瞬前まで確かにあった憂いは霧散していて、見間違いだったのかと私は首を捻る。
「……これからって、何ですか?」
私のもやもやとした思考は、ホノカ様によって引き戻された。
カンナの用意した茶菓子を、嬉々として食していた彼女は、アヤネ様に向かって問う。人見知りな所があるホノカ様だけれど、この二人とは打ち解けた模様です。
稚い少女の様な純粋な瞳に見つめられ、アヤネ様は少し困り顔で眉を寄せた。
呆れを含んだため息が、唇からこぼれ落ちる。
「臥せっていたサラサはともかく、貴方は自由に動けていた筈でしょう。後宮内で噂を聞かなかった?」
「引き籠もっていました」
「……サラサ」
「何故矛先が此方に!!?」
諫める視線と共に投げられた言葉に、ホノカ様はあっけらかんと返す。
何故ネガティブなくせに、妙な所で豪胆というか鈍いの。
言っても無駄だと判断したのか、アヤネ様は咎める視線を私に向けた。何で私が怒られた……解せぬ。
「保護者でしょう。ちゃんと教育なさい」
「誤解です」
私はこんな大きな娘を生んだ覚えはございません。
といいますか、ホノカ様の方が年上です。しかも二、三歳上だった筈。
アヤネ様が疲れた様に、額に手をあて俯くと、代わりにシャロン様が口を開いた。
「先日の事件が切っ掛けで、後宮内に噂が広がっております。……皇帝陛下に寵愛する妃が出来たと言う噂が」
「……え?」
戸惑う私に、視線が集まる。
「それは、貴方の事よね?サラサ」
一呼吸置いて顔を上げたアヤネ様は、シャロン様の言葉を引き継ぎゆっくりと私に問うた。
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