皇帝陛下の告白。(2)
「…………」
サラサは呆然とオレを見た。
元々大きな瞳が、際限まで見開かれている。
こぼれ落ちてしまいそうだな、などと的外れな感想を抱きながらオレは彼女を見つめ返していた。
カタカタと、繋いだままの彼女の手が、再び震える。
それが驚きによるものなのか、それとも怯えなのかは、オレには分からない。
分からないけれど、逃がすつもりは無かった。
「…………、」
震える薄紅色の唇は、何かを発しようと動くが、声となる事は無く。
細い吐息を洩らして、すぐに閉じられてしまった。
繋いだ手に力を込めて、オレは彼女の言葉を待つ。
問われる前に、オレから言葉を重ねてしまえば、きっと彼女の混乱を深めてしまうだけだ。
そう考え、辛抱強く待つと、やがて彼女は小さな声でポツリと呟いた。
「………そ、れは………どういう」
サラサの声は、擦れていた。
その表情も、哀れな程に追い詰められている。
可哀想に。
可哀想にな、サラサ。
こんな男に、捕まってしまって。
もう逃げ出す事も適わない。
「女として、だ」
「…………」
「オレは、お前を女として愛している」
逃げ道さえも塞がれてしまったサラサは、言葉を無くす。
ヒュ、と息を飲む音がして、彼女の震えは大きくなった。
「……っ!?」
見開かれたままオレを凝視していた瞳から、溢れだした涙が、まろい頬を伝う。
こぼれ落ちたソレにオレは、情けなくも動揺した。
「サ、サラサ」
透明な雫が、ゆっくりと流れ落ちる。
ソレに気付いていないかの様に、サラサはオレを凝視したまま動かない。
戸惑いながらもオレが手を伸ばし、頬に触れる寸前に、サラサは怯えた様に身を引いた。
「……サラサ」
「ゆ、め……ですよね」
「……は?」
一瞬、眉間に刻まれたシワは直ぐに消える。
逃げようとする彼女を引き寄せ様とした手も、同時に止まり、オレの口から間抜けな声が洩れた。
「……夢?」
困惑し呟くオレに、サラサは頷いた。
「ゆ、ゆめなんです、きっと……触れたら醒めてしまう、まぼろしなんです」
「……」
サラサの言葉に更に混乱しながらオレは、さっき拒まれた己の手を見る。
次いで、繋いだままのもう片方の手を見た。
「……もう触れている、と思うのだが」
思わずそう突っ込んでしまった。
だがサラサは、否定する様にかぶりを振る。
「じゃあ、はなれ、たら、終わるんです……っ」
「…………」
滅茶苦茶だ。言っている本人もきっと、意味が分かっていないと見た。
だが、なんとなく言いたい事は分かる。
触れれば弾けて消える泡の様に、無くす事を恐れているのだろう。
「……サラサ」
「っ……!!」
サラサと繋いでいた手を離し、怯え息を飲む彼女を、両腕で抱き締めた。
触れた瞬間、体が跳ねる。
宥める様に頬に指を滑らせると、大きな黒い瞳がオレを見た。
「……好きだ」
「…………」
「お前が信じるまで、何度でも言うぞ。……オレは、お前が好きだ。この世の誰よりも愛しく思う」
だから、怯える必要など無い。
そう想いを込めて彼女に伝えると、サラサは息する事も忘れてしまったかの様に固まった。
「……サラサ?」
微動だにしなくなってしまった彼女を呼ぶ。
目を開けたまま気絶しているかの様だ。不安になり、両手で彼女の頬を包み込む。
「……!?」
その瞬間。
止まっていた涙が再び、まるで堰を切ったかの様に溢れだした。
それも、先程までの比では無い、大粒の涙が。
「……っ、」
くしゃりと、彼女の顔が歪む。
短い間隔で何度も息を吸い込んだサラサは、ついには幼子の様に声をあげて泣いた。
「ひぅ、……うわぁああんっ」
「な、何故更に泣く!?」
正に号泣と言う言葉が相応しい泣き方に、オレは大いに焦った。
こんなにも動揺した事は、生まれて初めての様に思う。
「こ、恐がらせたか?それとも、嫌か?」
「ぅうっ……ひぃっく」
「拒まれても、逃がしてやる事は無理だが……お前を害する事はしないと誓える」
どうしたら良いのか全く分からず困り果てたオレは、彼女の背を擦りながら問うが、サラサはしゃくり上げるだけ。
なんと不様だろう。
好きな女が泣いているのを前にして、狼狽える事しか出来ないとは。
己の腑甲斐なさを痛感した。
だがこれ以上恐がらせ、泣かせてしまうかと思うと、下手な事は出来ない。
「……泣くな。サラサ」
そっと彼女のこめかみに口付ける。
すると、サラサは漸く顔を上げてくれた。
「……へ、いか」
「……何だ?」
矢張り、嫌だったかと身構えるオレに、サラサは手を伸ばす。
オレの首に腕を絡め、縋る様に体を預けた彼女に、オレは瞠目した。
「……私も、……わたしも、貴方がすき、ですっ」
「……サラサ」
「う、れしくて……涙止まらな……」
必死な声で、そう訴えるサラサ。
堪らなくなって、彼女の細い体を強く抱き締めた。
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