側室(仮)の別れ。(4)
「……恨み言」
ぽつり、と呟いた。
伝えたい事は、恨み言になるのだろうか。
「……何よ。恨み言では無いとでも言うの?」
躊躇する私に、ルリカ様は眉根を寄せる。
綺麗事を言うな、と言いたげな瞳が、私を睨んだ。
「……わたし、」
「私はあります!恨み言!」
考えがまとまらないながらも絞りだした言葉は、元気な声に遮られた。
繋いでいない方の手を、勢い良く上げるホノカ様に、私は唖然とする。ルリカ様も然り。
「……ホノカ様」
そんなに堂々と宣言されても困ります……。
私は、脱力しそうになりつつも、隣を見やる。
だがホノカ様に、ふざけた様子は無い。表情は真剣そのもの。
ルリカ様は渋面を浮かべつつも、立ち去る様子は無い。
瞳を伏せた彼女は、長いため息をついた。
「……早く言いなさいよ」
「はい!」
ルリカ様も、ホノカ様にはペースを崩される様だ。
お茶会の時に、控え目に微笑んでいた淑女の正体が、お子様だと分かった衝撃は計り知れないですよね。分かります。
ホノカ様は、スゥ、と深く息を吸った。緊張しているのか、手が汗をかいている。
頑張れ、という意味を込めて繋いだ手に力を込めると、彼女は此方を見て可愛らしく笑った。
「……私のお父様は、世界一素晴らしい方です」
彼女の言葉に、私とルリカ様は同じ様に瞠目する。
「努力家で己に厳しい、私の知る誰よりも清廉な、自慢の父です。例えその正直さが出世の妨げになっていようとも、私は父を尊敬しています」
「…………」
ルリカ様は、黙ってホノカ様の言葉を聞いていた。
その表情が時折、痛みを堪える様に歪む。
亡くしたばかりの方には、酷かもしれない。
そう思いかけて、止めた。
同情なんて、彼女は必要としていない。ましてや憐れみなど、何様ですか私。
それにこれは、二人の問題。私が口を挟むのは無粋でしょう。
ホノカ様は、言葉を区切り、もう一度深呼吸をした。
翠緑の瞳が、真っ直ぐにルリカ様を捉える。
「……私のお父様を、馬鹿にしないで!」
「…………」
思えば、この宣言をしにルリカ様の部屋へ向かった日から一月と少し。
色んな事がありました。
甘やかされ、ずるずると安寧の日々を送っていた私が、初めて、この世界の厳しさを垣間見た。
きっと、外の世界はもっと厳しい。
「……そうね」
暫く間を開けてルリカ様は、小さく呟く。
自嘲する様に唇を歪めた彼女は、ホノカ様と視線を合わせた。
「……私は、父を尊敬しているとは、どうしても言えなかった。貴方がお父上の話を嬉しそうにするのが、妬ましかったわ」
「……ルリカ様」
「……だからって、謝ったりはしないけれど」
「……えっ?」
シンミリした空気は、一瞬で払拭された。
ルリカ様は、ふん、と鼻を鳴らす。
「謝罪なんて、私には似合わないわ」
そうでしょう?と続ける彼女に、私はうっかり頷いてしまった。
隣から恨みがましい視線が刺さる。若干涙目なホノカ様は私の手を両手でギュウギュウ握った。痛い。
「……で、貴方は何を言いたいの?あまり長くはいられないのだけれど」
「えっ、あ……」
ルリカ様は、私を見る。
促されて、私は吃ってしまった。
言いたい事が、上手くまとめられない。
「……えっと……な、生水は飲まないで下さい」
「…………は?」
「飲み水は、一度沸かしてから!あとは……もし怪我をしたら、患部は心臓よりも上に!」
「……何?なんなのソレ」
戸惑う彼女を置き去りに、私は自分の持つ知識を必死で脳内検索した。
知識なんて呼べる様なものではない、拙いものばかりだけれど。
「ルリカ様は美人なので、あまりお顔を晒して外出するのも止めた方がいいかもしれません。攫われて売られてしまっては大変ですから」
「だからっ!何が言いたいの!?」
訳のわからない事を、まくし立てる私に、ルリカ様は苛立った様に声を荒げた。
私は、グッと息を飲む。
自分でも、滅茶苦茶な事を言っている自覚はある。
でも、どうしても伝えたかった。
「……生きて」
「え……、」
ルリカ様、どうか
「生きて、下さい」
「……っ、」
私には、想像もつかない辛い世界が、外には広がっているのかもしれない。
傅かれて育ってきた彼女には、とても大変な事ばかりだろう。
それでも私は、私のエゴで願う。
どうか、生きて下さいと。
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