側室(仮)の苦悩。(2)
「はい」
「……ありがとうごさいます」
手渡された水を、礼を言ってから呷る。冷たい水が食道を流れていくのを感じながら、私は深く息を吐いた。
「……大丈夫?」
「はい。……すみません。続けて下さい」
血の気が戻らない為、まだ指先が冷たい。
たぶん顔色も酷いんだろう。真っ青な顔でまだ続けろと言う私に、アヤネ様は困った様に笑った。
強情な私が引かない事は、短い付き合いながらも彼女には分かっているのか、アヤネ様はため息を一つつき、話を再開させた。
「……説明した刑の話だけれど、今回の件には、当て嵌まらないかもしれない」
「え……?」
アヤネ様は、躊躇い言葉を濁した。
「……噂の域を出ないのだけれど、陛下は縁座や腰斬刑を廃止したいと考えていらっしゃる、と聞いた事があるわ」
「!」
私は思わず立ち上がる。
それを見て、アヤネ様は苦い顔付きになった。
「あくまで、噂よ!……期待させておいて、前例と同じだった場合、より深い傷を負ってしまいそうだから、言いたく無かったのだけれど」
アヤネ様は、額に手をあてて項垂れる。
最悪なパターンを予測して、心のダメージの軽減を計るのは日本人気質には合っているけれど……今は、希望を捨てたくない。
「助かる可能性も、あるのですね?」
「……ルリカ様はね」
疲れた表情でアヤネ様は、尚書は無理よ。と付け加えた。
「吏部尚書の罪は、今回の件だけでは無いもの。今まで泣き寝入りしていた人達も、証言し始めているようだし」
「…………」
「腰斬を免れたとしても、死罪は確定でしょうね」
死刑は、私の生まれた日本にもあった。
殺伐としたニュースが苦手な私は、チャンネルを変えたりもしていたけれど……。
それでも今回の事は、目は反らせない。
これは、テレビ画面の向こうの話では無い。知り合いの、父親の話。
私は再び椅子に腰掛け、目を瞑る。
無罪放免では、被害者の人や家族が救われない。
……かといって、人が死ぬ事を、良かったなんて言えない。
でもそれはきっと、大切な人を奪われた事の無い私の綺麗事なんだ。
今まで当り前に隣にいた人が、ある日突然帰って来なくなる恐怖を想像しただけで、何も言えなくなる。
「…………」
私に、一体何か出来るだろう。
国政に口を出す様な、資格も資質も無い。誰かを許す事も出来ず、裁く権利も無い。
こんな未熟で中途半端な私に、一体何が出来るんだろう。
「…………」
見上げた先、窓の外の空は、混乱し淀む私の心とは真逆に、雲間から光が差し始めていた。
――それから、一月後。
元吏部尚書の死刑が確定し、打首に処された。
縁座は適用され無かったが、エイリ家は財産没収及び、身分剥奪。
また吏部尚書と共に、贈賄等の不正に関わっていた吏部官吏は摘発され、処分された。
尚書の弟、夫人の兄弟もその中に含まれた為、縁座は無くとも、エイリ家に関わりの深い家の殆どが没落する事となる。
……そしてルリカ様も、側室の地位を解かれる事となった。
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