側室(仮)の苦悩。
残酷な表現があります。
「……………」
数日間、部屋に籠もっていた私は、今日漸く外に出た。
心配そうに表情を曇らせつつも、いってらっしゃいませ、と見送ってくれたカンナを残し、私は書庫へとむかう。
久々に訪れた書庫の扉を前に、私は深呼吸をする。今にも部屋に逃げ帰りたくなる心を叱咤し、扉に手を掛けた。
明け方まで降り続いていた雨は止んだが、空は相変わらず厚い雲に覆われており、室内は薄暗い。
「…………」
人気の無い書庫は静まり返っていた。背後で扉が閉まる音が、やけに響く。
私は本を手に取る事無く、奥へと歩きだした。
書庫に併設された部屋の前に辿り着くと、控え目にノックする。
一拍置いて、入室を許可する返事を貰い、私は扉を開けた。
「……いらっしゃい。待っていたわ」
書庫の主たる美貌の女性は、何事も無かったかの様に、何時も通りの笑顔で迎えてくれた。
仄かに香る、紅茶と本のにおい。ホッと息を吐き出すと、アヤネ様は優しく目を細める。
手招きされるまま中へ入り、向かいの椅子に腰掛けると、アヤネ様は手ずからお茶を入れて下さった。
お礼を言って冷ましながら飲む。アヤネ様は、何も言わずにただ待ってくれた。
私が、言葉に出来るまで。
「…………アヤネ様」
カップを置いて私は深く息を吸う。長い間の後アヤネ様を呼ぶと、彼女は同じ様に、手元のカップを置いた。
「お聞きしたい事が、あります」
「……何かしら?」
アヤネ様は問いながらも、私の聞きたい事を知っているように思う。
こうして待っていてくれた事と、積み上げられた書物のタイトルが、何よりもの証。
「ルリカ様と吏部尚書は、……どのような刑になるのですか」
「…………」
すぐに応えは無かった。
アヤネ様は何かを読み取ろうとするかの様に、私を見つめる。
「…………」
真っ直ぐ目を反らさずにいると、彼女は目を伏せ嘆息した。
「……本当に、不器用な子ね。辛い事から逃げても、誰も責めないのに」
苦々しく呟くアヤネ様に、私は苦笑を返す。
もう既に逃げようとした挙げ句失敗しました、なんて言ったら余計呆れられるんだろうな。
立ち向かう勇気を持てた、なんて格好良いものじゃない。
逃げても、私は辛いままだった。苦しいままだったの。
だから、どうせ同じ位辛いのなら、逃げるのは止めようと思っただけ。
逃げて泣く自分よりも、戦って泣く自分の方が、ほんの少しだけマシな気がした。
「貴方がそう言うだろうと思って、少し調べてはみたけれど……流石に今回の件がどう裁かれるのかまでは分からないから。それは理解しておいてちょうだい」
「はい」
アヤネ様の言葉に、私は頷いた。
彼女は積み上げられた書物の中から数冊を抜き取り、机の上に広げる。
「今回の吏部尚書の件は、難しいのだけれど……私は、謀反という扱いになる可能性が高いと思っている」
「!」
私は息をつめた。
謀反。
……なんて重い言葉だろう。
「前皇帝陛下の治世に於いては、皇帝や国家を誹謗のみでも大罪とされたわ。主犯格は腰斬に処された」
「…………」
目眩がしそうになる。
唇を噛み締め、掌に爪を食い込ませて耐えるが、血の気が引いて頭がぐらぐらした。
私が以前書物で見て、カンナに説明してもらった時も、最後まで聞けなかった。
腰斬とは、文字通り、腰を切断する事。勿論、生きたまま。
首と違って、直ぐに絶命する訳じゃない……どれ程苦しむ事になるのかと考えるだけで気を失いそうになる。
「その場合、身内も処罰されるの。縁座と言って、息子や父親は首切り、母親や娘、祖父孫、子の妻、果ては仕えていた人間まで、官庁に隷属する賤民に落とされた」
「……っ、」
「嫁いだ娘は、縁座には含まれないのだけれど……側室がその括りに入るかどうかは……分からないわ」
今回の場合、吏部尚書が主犯格にあたり、ルリカ様はその娘。
そして、アヤネ様は言葉を濁したけれど、もしかして罪が重くなる事もあったのではないでしょうか。
『他人の娘』ではなく、『自分の妻』ともなれば、話はきっと、全く別のものになる。
「…………っ」
胃から何かが、込み上げてきそうになった。咄嗟に口を手で覆う。
元々、吐き辛い体質なので嘔吐せずに済んだが、口の中に嫌な味が広がった。
「但し、それは今の話ではないわ」
「……、」
背中に暖かい手が添えられた。
屈み込んで吐き気に耐えている間に、私の背後へ回ったアヤネ様は、優しく背を擦ってくれる。
顔を上げると、気遣う瞳とかち合った。
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