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将軍閣下の懸念。

 近衛軍大将 セツナ・イノリ視点です。


「失礼します」



 扉を二度叩き、私は部屋へと入った。

乱雑に書類が積みあがった執務机の向こう、主人は何かに取り憑かれたかのような形相で書類に向き合ったまま、此方を見ようともしない。



「陛下」


「……何だ」



 おざなりな返事が寄越される。無視はされないまでも、不機嫌な声の様子が言外に『構うな』と伝えた。

だがそれ如きで怯んでいては、この方の側近など勤まらない。



「もう夜も更けました。本日はお休み下さい」


「…………」



 陛下は顔を上げると、凍てつく様な冷ややかな目で私を一瞥する。



「報告に来たのでは無いのなら、下がれ」


 取り付く島も無いとは、正にこの事だな。

そう私は心の内で、一人ごちた。



 私は、この方を器用な部類に入る方だと思っていた。公私共に。



 女性の扱いも然り。

妓楼の高級娼婦に夢中になり役目を疎かにする事は無かったが、彼女らの矜持(きょうじ)を傷付ける様な真似はせず、大人としての付き合い方を弁えている。



 どんな艶やかな蝶にも、可憐な華にも決して惑わされ無い陛下を見て、臣下としては頼もしく思ったものだが……幼なじみとしては、心配でもあった。



 安らぐ場所さえ必要としていないこの方が、まるで生き急いでいる様に見えて。



 だが、今なら言える。

この方は、安らげる場所を必要としていない訳では無い。今迄、見つけられなかっただけだ。



 器用で余裕に見えたのは、本気で女を愛せていなかっただけだ。



 真に愛せる存在と、宿り木を見つけた事が、良かったのか否かは、まだ判断はつかないが。



「……では報告させていただきます」


「……」



 私が淡々と告げると、陛下は渋面を浮かべた。

それを気にせず『調書です』と新たな書類を手渡す。



 うんざりした様子で頬杖をつきながらも、陛下はそれに目を通し始めた。

だんだんと細められていく目が嫌悪感を顕にする。長いため息をついた陛下は、唇を歪め、嘲笑を浮かべた。



「……よくもまぁ、これだけ証言がとれたもんだ。早速エイリ家切りが始まったか」


「今回の一件で、エイリ家の没落は確定と判断された様ですね」



 エイリ家に虐げられた下級貴族や庶民は兎も角、前皇帝陛下の元で甘い汁を吸っていた狸どもからの証言が、これ程に早く得られるとは。

奴等の変わり身の早さには、閉口する。



「性根が腐った奴等には吐き気がするが……これで言い逃れは不可能になった訳だ。この機を逃さず吏部の掃除をするぞ」


「御意」



 吏部尚書の愚行のお陰で、此方としては大分仕事がしやすくなった。

だがソレを喜んでばかりはいられない。





「ルリカ・エイリ嬢は黙秘されておりますが、如何なされますか」


「捨て置け」



 冷たい声音が、吐き捨てる様に告げる。



「どうせ生き残っても、待っているのは地獄だ。いっそ一思いに死んだ方がマシだと思うだろうよ」


「ですが……恐らくルリカ嬢は、サラサ様に危害を加えようと」


「…………」



 私がその名前を出すと、為政者の顔が崩れた。

痛みを堪える様に、眉間にシワが寄る。



「……どうせ、サラサは何も言わなかったのだろう?」


「……はい」



 密室で行われた事だ。知るのは、ルリカ・エイリ嬢とサラサ様とエイリ家私兵の三名のみ。

そのうち一人は既に亡く、もう二人は黙秘。部屋の前で待機していた武官らは、争う様な物音や声は聞いたものの、話の内容までは聞こえていない。



 難しいが、状況証拠を詰めていけば或いは、と私は考える。……だが肝心の、被害者であるサラサ様がソレを望んでいないように見えた。



「当人が言わぬものを、周りが騒いでもどうにもならん」



 この話は此処迄だと、払うように手を振り、陛下は席を立った。



「陛下!」


「何だ。……休めと言ったのは、お前だろう」



 陛下は目を伏せ、嘆息する。

鬱陶しいと言いたげな態度を無視し、私は言葉を続けた。



「サラサ様は、憔悴なさっておりました」


「っ!」



 息を飲む音がした。出て行こうとしていた足が止まる。



「付いていて差し上げなくて、宜しいのですか」


「…………」



 陛下は、迷う素振りをした。

だが振り切る様に目を瞑った後、自嘲気味な苦い笑いを浮かべる。



「……オレが傍に居ては、余計に怯えさせるだけだろう」



 そう呟き、陛下は部屋を出て行った。



「…………」



 残された私は、長く息を吐き出す。



 大切な一人が出来る、という事は、諸刃の剣だ。強くも脆くもなる。

互いが互いの為に強くなろうとして欲しいものだが、他人が口を出す事では無い。



「……怯えているのは、どちらだか」



 一人きりの室内に、私の呟きが虚しく落ちた。



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