側室(仮)の弱さ。(2)
シャロン様と繋いだ手。守る様に、抱かれた私の手。
指先から伝わる温もりに、涙が込み上げそうになった。
……だってまるで、大切な宝物になったみたい。
幼子に抱かれたぬいぐるみみたいに、お母さんの腕の中の、赤ちゃんみたいに。
守られながら愛される、宝物になったみたいだ。
「シャロン様も、貴方から離れようとしなかったわ。迎えに来た侍女も、帰らせてしまって……大人しい方だと思っていたのだけれど、少し考えを改めなくてはいけないわね」
アヤネ様は、そう言いながら潜めた声で笑った。
「シャロン様が……?」
私は驚き、アヤネ様の方へと首を廻らせる。
化粧をせずとも傾国を唄われそうな美貌がとても間近にあり、私は目を瞠った。
吸い込まれそうな漆黒の瞳が、私を写す。
「……シャロン様を強くしたのは、きっと貴方ね」
「……え?」
独り言のように呟かれた言葉を聞き返すが、アヤネ様は繰り返す事はせず、ただ見惚れる位綺麗な微笑みを浮かべた。
「貴方の影響力は、本当に絶大よ。ホノカ様があんな大きな声を出すのも、初めて見たし」
「……何かしましたか」
天女の如き微笑を苦い笑いに変えるアヤネ様に、嫌な予感を覚える。気分は三者面談の母親だ。
身構える私に、アヤネ様は苦笑を深めた。
「大変だったわよ……貴方が気を失ったのを見て、大層取り乱していたわ」
「…………」
私は頭痛を覚えた。
テンパってあわあわするホノカ様が、容易に想像出来ます。
全くあの方は。どうしてくれよう……沈み込んでいた事も一瞬忘れそうな位、トキメいちゃったじゃないか。
「起きるまで付いているんだって、ダダをこねていたけれど……体力が限界だったんでしょうね。貴方と同じく気を失ったから、部屋まで武官に運ばせたわ」
「それは……ありがとうございます……」
複雑な表情でそう呟いた私に、アヤネ様は破顔する。母親なの貴方、なんて鈴の様な笑い声をあげた。
私も、穏やかな空気につられる様に口元を緩める。
それを見たアヤネ様は、嬉しそうに目を細め、
「……やっと、笑った」
そう、小さく呟いた。
「……え……?」
私は呆然とする。笑みを消したアヤネ様は、とても真剣な目で私を見た。
「何が起こったのか、詳しくは分からない。でもこれだけは分かるわ。……貴方、自分のせいだって抱え込んでいるでしょう」
「……ど、して」
疑問系ですらないソレに動揺し、私は擦れた声で呟いた。
アヤネ様は、困った様な顔で、私の髪を撫でる。
「どうして分かったのかって?……分かるわよ。貴方の事くらい」
「…………」
凄い事を、言われた気がする。凄く嬉しい事を。
「ねぇ、サラサ。どうか一人で抱え込んでしまわないで」
「……アヤネ様」
アヤネ様の手が、私を引き寄せる。肩口に頭を埋める様な形で、私は彼女の言葉を聞いていた。
「自分のせいだなんて決め付けて、笑うのを止めてしまわないで……お願いよ」
「……っ、」
懇願する様な声が、私の胸を締め付ける。暖かな感触と優しい手に、色んなものがこぼれ落ちてしまいそうだ。
弱さとか甘えとか、卑屈な想いが、涙と一緒に。
「……っ、」
わたしは、ずるい。
こんなにも、心配してくれている人達がいるのに、殻に閉じ籠もろうとした。
誰の手もとらなければ、巻き込まずに済む。迷惑をかけて、嫌われてしまう事も無い。
私が傷付くだけで済むのなら、大切な人達の心配しなくていい。後悔するのは、もう嫌だ、なんて
どうしようも無い。
そんなの、身勝手過ぎるただの自己満足だ。
弱い自分を正当化する為の、言い訳だ。
「……ごめ、なさっ……、……」
謝罪の言葉さえ詰まってしまう私の頭を、アヤネ様は宥めるように撫でる。
弱い私を、彼女は一言も責めなかった。
強く、なりたい。
私も、誰かを許し護れる強さが欲しい。
大切な人の心を、護れる強さが。
.