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側室(仮)の悲哀。



 石畳の上に、滴が落ちた。それがじわりと広がりきる前に、次の滴が落ちる。

一定間隔に増えていた水玉は、段々と速度を早め、やがて本格的に雨が降り出した。



ザー……



 激しい雨が、瓦を打つ。

視界さえも奪う土砂降りの中、黒い布に包まれたモエギさんは、板に乗せられ運ばれていった。



「…………、」



 叫ぶ力も無くしたルリカ様は、まるで涙腺が決壊してしまったかの様に、滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら、それを見送っていた。

私は、ただ彼女の肩を抱き、同じ様に見送る。ルリカ様に掛ける言葉は、何も思い浮かばなかった。





「……サラサ」


「…………」



 どの位、そうしていたのだろう。

背後から、声が掛けられた。聞き間違う筈も無い、大切な方の声だ。

それなのに私は返事すら出来ず、緩慢な動作で振り返った。



「…………」



 厳しいお顔をしていた。鋭い目と眉間に深く刻まれたシワ。全てを拒絶する様な、殺伐とした空気。

けれど、何故かその恐ろしい表情が、一瞬泣いているように見えた。



「サラサ。」



 もう一度、名前を呼ばれる。けれど私の頭は停止してしまった様に、返事を拒んだ。

躊躇いがちに、陛下の手が此方へ伸びる。だがそれは私へ辿り着く前に、握り込まれた。



 無言のままの私に、陛下のお顔が、痛みを堪える様に歪む。

噛み締めた唇がゆっくりと開き、絞り出す様な呟きが、洩れた。



「…………、そんな顔を、するな」


「…………?」



 陛下の言葉に私は戸惑う。自分が、どんな顔をしているかなんて分からなかった。陛下が見ていられないような、酷い顔をしているんだろうか。

ぼんやりと見上げる私から、陛下が瞳を逸らす。……結局はまた、言葉を返せないままだった。



「エイリ様。」



 何時の間にか、傍にイノリ大将が立っていた。

床に座り込んでしまっていたルリカ様に視線を合わせる様に膝をつき、彼はルリカ様に話し掛ける。



「お父上に、嫌疑がかけられております。お話をお聞かせ願えますか。」


「っ、」



 私は咄嗟に、ルリカ様の肩を抱く手に力を込めた。そんな事をしても、何の意味も無いのに。

私には、誰を救う力も無いのに。



「…………」



 ルリカ様は、私を見なかった。けれど俯いたまま、肩を抱く私の手に触れる。

ぎゅっ、と痛い位の力で握ったルリカ様の手を、私も握り返す。

……細い手は、微かに震えていた。



 そうして、手を握り合っていたのは数秒の事。

手を離したルリカ様は、顔を上げ頷く。



「……分かりました」


「…………」



 立ち上がったルリカ様は、イノリ大将の後へと続いた。去って行く彼女の後ろ姿を見つめたまま、私は呆然と立ち尽くす。



視界に赤い何かが映り込んだ気がして視線を下げると、腕に赤いものがこびり付いていた。



「…………?」



働かない頭では、何一つ理解出来ない。

だが、理解しろ。目を背けるな。と心の奥底から何かが叫んだ。



「…………サラサ様」



 気遣わしげな声が、掛けられる。ぼんやりと佇む私の視界に割り込む様に、イオリが覗き込んできた。



「お部屋に戻りましょう。」


「…………」



 イオリは、そう言うなり、私の手を引こうとした。

……だが、



「!」



 それよりも早く、誰かに手を掴まれる。

それは、私より随分大きくて、ゴツゴツと堅い手だった。



「……陛下」



 イオリの呟くような声につられる様に顔を上げると、一切の表情を消した、硬質な美貌が目に映る。



「……私が、連れて行く。お前は現場に戻れ。」



 表情と同様に堅い声が、淡々と告げた。



.

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