或る凶手の後悔。
全てを諦めた様な顔で、ルリカ様は笑う。
それは、幼い頃、庭の片隅で蹲っていた時と……不器用な子供だった頃と同じ表情だった。
「…………」
私は、愕然とした。
ルリカ様は、成長出来ずにいる。同年代の少女らと遊びたいのに、接し方が分からず傷付けてしまっていた頃のままだ。
「……貴方に拒絶されているって、薄々気付いていたわ。でも、聞けなかった。……決定的な言葉を告げられるのが怖くて、目を背けて耳を塞いでいた」
誰もルリカ様に、成長を求めなかった。
父親も母親も、甘やかすだけ甘やかし、欲しい物は全て与えてしまう。何かを得る為に、努力する機会を根こそぎ奪ってしまった。
同年代の少女らは、怯え避ける。若しくは、表面上だけの従属を示した。そこに親愛など無い。
誰も彼女に、人との関わり方を教えない。
誰も彼女に、苦しみを耐えるすべを教えない。
幼子は叱られ、道徳や倫理を識る。喧嘩し、痛みや思いやりを知るのだ。
それら全てを与えられなかった子供は、どうやって成長したらいい?
「どうせ、誰も私の事なんて好きになってくれないって、そんな卑屈な心で周りを拒絶し傷付けているうちに、私は、貴方の大切なひとまで奪ってしまっていたのね……。」
伏せた瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それを演技だと……同情を引いて助かる為の偽りだとは、思えなかった。
そんな器用な方では無いと、私は知ってしまっていたから。
「……っ、」
今更、手が震えそうになる。剣を握り締めた手と同じように、心が大きく揺れた。
この方がしようとした事は、到底許される事では無い。
どんな理由があろうとも、人の命を奪おうとした罪は、正当化など出来ない。分かっている。
許されない罪だと、己に言い聞かせた。
だが頭の中で、別の私が叫ぶのだ。彼女が死んで、何が変わるのだ、と。
現にルリカ様は、私の大切な人を傷付けた事だけを悔いている。
必死に自分を思いやってくれる少女が、すぐ其処にいるのに。その希有な存在を、消そうとしてしまったと言うのに。
死に直面している今も、大事な事に気付けず、間違ってしまったまま。
「……私は、」
「……モエギ?」
私は、何をしていたのだ。
この方の、すぐ傍にいたのに、何故止めなかった。
どうして、分からせようとしなかった。
処罰されようとも、身分など気にせず、私は叱るべきだった。
―――それが、
『……お嬢様』
『っ!?……わたくしに直接声をかけるなんて……無礼でしょう!』
『……申し訳ありません。ですが……』
それが、一度でも手を差し伸べた私の、義務だった。
「…………ルリカ様」
「…………」
名前を呼ぶと、此方を見て、言葉を待つルリカ様。
こうして私達は、向き合うべきだった。私の言葉は貴方に届いていたのだから。
私が、貴方を止めるべきだったのだ。
「其処を退け!!」
私が動きを止めている間に、表が騒がしくなった。複数の足音が近付いて来る。
次の瞬間、ビリビリと窓硝子を震わすような怒号が響いた。
「……へい、か」
消え入りそうな声で、ルリカ様が呟く。
トウマ様の後ろに見える、壊れた入り口の向こう。手出し出来ずにいた武官らを蹴散らす様に現れたのは、ルリカ様の想い人にして、この国の頂点。皇帝陛下であった。
隣には、近衛の大将の姿もある。もう残された時間は無い。
「…………、」
戸口近くで戸惑いと焦りが入り交じったような表情を浮かべる寵妃。そして、捕われたルリカ様と、その首に剣を向ける見慣れぬ武官。
予想していたものとは全く違うであろう室内の光景に、皇帝は目を瞠った。
しかしすぐに鋭く目を眇め、厳しい表情へと変わった皇帝を見つめながら、私は、場違いにも、口角を吊り上げ笑みを浮かべた。
「……ルリカ様」
「……っ?」
後ろで拘束したルリカ様の腕を引き、華奢な喉元に、剣を突き付ける。
引き寄せた彼女の耳元で、ルリカ様だけに聞こえるように、囁いた。
罪を償え、と。
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