02
それから程無くして、私達は二度目の邂逅を果たす事になる。
他国との争いは変わらずあったが、やや膠着状態にあった為、私はすぐには戦場に戻らず、都で過ごしていた。
傭兵業での稼ぎがまだ大分残ってはいるが、日雇いの仕事でも探そうかと街をぶらついていた私は、突然背後から声を掛けられた。
『モエギ様っ!』
『!?』
鈴が鳴る様な愛らしい声に呼ばれ、私は目を瞠る。振り返ると、こんな場所にいる筈の無い少女が駆け寄って来た。
『やっぱり、モエギ様でしたわ!』
息をきらせ頬を上気させたクレハは、私を見上げ、嬉しそうに笑う。
『どうして貴方が……家の者はどうされた?』
名家の令嬢……しかも、つい先日攫われかけた娘を、一人で出歩かせるなど、あり得ない。
低い声で問うと、クレハは悪びれる事無く笑む。
『移動中に、モエギ様をお見かけしたので……誤魔化して置いて来てしまいました。』
『…………』
私は深くため息をついた。
クレハにも問題があるが、箱入りの令嬢に、簡単に撒かれる方が大問題だ。
攫われた事も含め、カナイ家の警備態勢はどうなっているんだ、と問いたい。
『……貴方は先日攫われたばかりでしょう。軽率な行動は慎みなさい』
『!』
諫める様に言えば、クレハは何故か目を丸くした。その上、嬉しそうに頬を染める。
……不可解な反応だ。身分を考えれば、無礼者と怒らせる事はあっても、喜ばれる事は無いと思うのだが。
『はい。有り難うごさいます。』
『……私は、注意したつもりです。礼を言われる覚えはありません』
困惑し、そう返すが、クレハは余計嬉しそうな顔になった。
花の様な美貌が、ゆるりと綻ぶ。
『私を叱る者はおりません。父も母も甘やかすばかり。……モエギ様は私を心配して叱って下さったのでしょう?だから、有り難う、でいいのです』
『…………』
私は、瞠目した。
甘やかされている、と言いながらも、クレハの表情は嬉しそうでは無かった。
寧ろ、叱られた事を喜んでいる。
『……モエギ様は、まだ都にいらっしゃるのですか?』
『……ええ。暫くは』
『それなら、またお会いする事は出来ませんか?』
クレハに近付くという事は、あの男に近付く事。
偶然にでも会ってしまえば、己の中のどす黒いものが溢れてしまうかもしれない、という恐れがあった。
だが、クレハを拒む事が出来ずに私は、また会う事を約束してしまった。
『……モエギ様!』
『クレハ。』
度々、彼女の家の裏門で、私達は会った。
裏門に番兵は配置されている筈なのだが、何日か置きに、数刻いなくなる事があるらしい。職務放棄だろう、それは。両親に教えた方がいいと言ったが、クレハは困った様に笑った。モエギ様に会えなくなってしまうわ、と冗談めかしていたが、理由は別にある気がする。
クレハの顔を見ていたら、それを問い質す事は出来なかったが。
『しかし……こうして人目を忍んで会っていると、道ならぬ恋をしている様だな。』
『!』
表情を曇らせてしまったクレハを見ていられずに、笑わせる為、わざとそう言うと、クレハは目を丸くした後、顔を真っ赤に染めた。
『……クレハ?』
『……っ、……違、違うんですっ……!』
真っ赤な顔のまま、クレハは涙目で、違う、と繰り返す。だが否定すればする程、墓穴を掘っていた。
しまった。……そう思った。
こんな真っ直ぐな反応を返されて、分からない程愚かでは無い。
年頃の少女が、危機を救ってくれた者に好意を抱くというのは、何ら不思議な事では無いだろう。
私が女であると、わざわざ口にした事は無かったが、まさか勘違いされていたとは……。
私の困惑を悟ったのか、クレハは泣きそうに顔を歪める。
『……ごめんなさいっ!』
『クレハっ?』
駆けていく背中を、止める事は出来なかった。
気まずい別れ方をして、それを最後にしてしまうのは躊躇われたが、私は女で、その上半分だけとはいえ、血の繋がった姉だ。会わない方がクレハの為だろうと判断し、私は再び戦場に戻った。
次に都に戻った時、クレハの様子を窺いに行こうかとも思ったが、再度彼女を傷付ける事になりそうで出来なかった。
そうして無駄に時間を過ごしているうちに、傭兵団の伝手でエイリ家に雇われる事となり、私はクレハに会う事は叶わなかった。
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