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側室(仮)の恐れ。


「……!」



室内へ入ってきたイオリは、私の姿を確認すると同時に顔を強張らせた。

息を飲み目を見開いた彼女の表情が、見る見る怒りに染め上げられる。



「貴様……誰に刃を向けている……!!尊き御方を害そうとした罪、その命で贖え!!」



イオリは、腰の剣を一気に引き抜き、烈火の如き怒りを吐き出した。



「イオリっ……」



イオリが来てくれた。その安堵から、手の力が抜けそうになる。

まだだ。まだ崩れ落ちるな、私。



その場に座り込んでしまいそうな己を叱咤し、グッと腕に力を入れ直す。



「……、」


イオリの方を向いていたモエギさんは、チラ、と私を一瞥すると、無言のまま剣を引いた。

それを疑問に思い止まってしまった一瞬の隙を突いて、火掻き棒を素手で掴まれる。



「!?」



取られまいと力を入れた私を見越してか、モエギさんは、私ごと棒を引き寄せる。

そのままグルリと体を反転させる様に立ち位置を入れ替え、イオリの方に向けて私を突き飛ばした。



「っ、」


「サラサ様っ!!」



イオリが構えていた抜き身の剣が弾いた光が、目に焼き付く。

グサリと串刺しになる未来を思い描いてしまい、きつく目を瞑る。背筋を冷たい汗が伝った。



けれど衝撃は殆ど無く、壊れやすい何かを受け止める様な柔らかな力で抱き止められる。

耳元で、安堵した様に長く息を吐き出す音がして、抱き止める腕に力が込められた。



「……ご無事ですか」



瞑っていた目をゆっくりと開くと、間近にあるのは、整いすぎた美貌。

すっかり頼りにしてしまっている、護衛武官の姿が其処にあった。



「イオリ……、」



漸く私も詰めていた息を吐き出した。掌から滑り落ちた火掻き棒が床を転がり、カランカランと硬質な音をたてる。



「あっ、」


「っ!?」



だが、その安堵も一瞬。

小さな悲鳴が聞こえ、其方に視線を向ければ、捕われたルリカ様が、いた。



「ルリカ様っ!」


「……おっと。動かないでいただけますか?」



背後からモエギさんに拘束され、痛みに顔を歪めるルリカ様の細い首筋に、銀色の刃が押しあてられた。

ヒュ、と息を飲む音がし、ルリカ様は顔色を無くす。



馬鹿だ私……!!

狙われているのはルリカ様なのに、彼女から簡単に離されるなんて。



「……貴様」



低く唸る様に呟いたイオリを嘲笑う様に、モエギさんは唇を歪めた。



「そのまま下がっていただきましょう。勿論その方と共に。……何、難しい事ではありますまい。貴方にとってはその方以上に優先されるものは無いのでしょうから。」


「…………」


「イオリっ!」



イオリは無言でモエギさんを睨み付けたまま、私を抱き寄せ、下がり始める。

焦った私が叫ぶ様に呼んでも、反応は返らない。



それどころか背後に隠す様に押しやられてしまう。

イオリの影から必死に顔を出し、遠くなってしまったルリカ様を確認すると、涙を湛えた大きな瞳とかち合った。



「ルリカ様っ!」



呼んでも、力無い瞳が此方を映すだけ。全てを諦めてしまったかの様な瞳に、血の気が引く。



一瞬の気の緩みで、取り返しのつかない事態へと変わってしまった。こうなってしまわないように、踏張っていた筈なのに。



……違う。まだ。まだだ。諦めるな私。



ガクガクと震え始めた体を抱き締め、自己暗示の様に繰り返した。



奮い立たせろ。

まだ終わってない。最悪な結末には至っていない。



「……も、モエギさん!」


「…………」



不様に、声が震える。でも気付かないふりで、そのまま続けよう。

無機質な瞳が、此方を向いた。



「お話しましょう!」


「…………何?」


「他人が口をはさむ事では無いかもしれません……ですが、少しでもルリカ様の言い分も聞いて下さい!」



怪訝そうに眉を顰めるモエギさんに、私は訴えかけた。



モエギさんの『凶行の理由』は、少ししか聞いていないけれど、とても重いもので、簡単に『分かります』なんて言えません。

聞いた限りでは、ルリカ様に何の咎も無い、とも言えない。



……でも、気が強くプライドの高いルリカ様が、あんな風に絶望してしまう位の繋がりが、モエギさんとルリカ様の間にはあるのではないか、と思った。

だからって、罪が無かった事にはならない。分かっている。



―――それでも、どうか、と祈る様に思った。



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