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将軍閣下の苛々。

近衛軍大将 セツナ・イノリ視点です。



ザアッ……、


頬を生暖かい、湿った風が掠める。

朝のうちは良く晴れていた筈の空を見上げれば、何時の間にか暗雲が立ちこめていた。



「…………、」



墨を染み込ませたかの様な黒い雲を見て、私は舌打ちをした。この分では、夜になる前に雨が降るだろう。



「…尚書。もう少しお急ぎいただけますか。」



振り返り、低く吐き捨てる。最早、表面上のみでさえ取り繕う気は無い。



「…なっ、…無礼な! 私を誰だと思うておる!」



丸々とした顔を山猿の様に真っ赤に染め、憤慨している男に、私は侮蔑の眼差しを送る。


尻を蹴り飛ばさないだけでも、マシだと思え、と言いたい。



つい先刻別れたばかりのイオリから伝令を受け、陛下は後宮へと直に向かった。

私も共に行くつもりだったのだが、吏部尚書を連れて来いとの命令を受け、吏部へ向かう羽目になった。



騒ぎ立てる男を『勅命』の一言で黙らせ、後宮を目指したまでは良いが……遅過ぎる。



「…………、」



未だ何事かを喚いている男を一瞥する。



金と地位にしか興味の無い男は、官服に詫びよと言いたくなる程醜くなり果てていた。


贅沢を繰り返した体は、はち切れんばかりに肥え、顔や首の皮は弛んでいる。額には油が滲み、シワが寄る目尻の辺りには、大小様々なシミ。

引きつれた様に片側が歪んだ厚い唇は、長年の醜い笑みが刻み込まれてしまったかの様だ。



こんな男でも、官吏を目指していた頃は、勤勉であったと聞くが、今その面影はまるで無い。

醜くなり果てたのは、年月のせいではなかろう。



老いる過程で他人を陥れ、蹴り落として来た性根の醜さがそのまま外見に表れているのだ。


……そして、今、それらのツケを支払う時が来た。それだけの事。



「……?」



尚書から視線を外した私は、前方に見え始めた後宮の門の辺りにいる人影に、眉根を寄せる。


尚書を急がせ駆け寄れば、その人物は、先に後宮へ向かった筈の陛下であった。



「如何なさいましたか。」



門の前で待ち構えていた陛下は、苛立ちのままに此方を睨み付けた。



「遅い。」


「申し訳ありません。」



即座に返した私は、そこで初めて陛下の後ろにいた女性の存在に気付いた。



緩く波打つ赤毛と、たれ目がちな翠の瞳の清楚な美女。確かメイハ様のご息女だ。

……元々、細身な方ではあったが、更に痩せてしまっている様だが。それに顔色が酷く悪い。



「こんな所で時間を食っている場合では無いが、事態が変わった。」


「…?」


「自白させ、娘共々ブチ込んでやろうと思っていたが、その必要は無くなった…エイリ。」


「…何でしょうか、陛下。」


醜い体を揺らしながら、歩いただけだと言うのに息を切らせた男に、陛下は冷えた視線を向けた。



「ホノカを初め多数の目撃証言が上がっているが……そなた私に断りも無く、後宮に私兵を入れたというのは誠か。」


「!」



一瞬、尚書は顔色を変えた。

グッ、と息を詰めた男を見ながら、私も言葉をなくす。



……そこまで愚か者に成り果てたか。

権力と金に溺れた結果、己の身の程すら計れなくなったとは。



呆れと侮蔑の視線には気付かず、尚書はすぐに余裕を取り戻したのか、何時もの薄笑いを浮かべる。



「……そのような大それた事を、私がする筈ありませぬ。確かに一人、家の者を娘の元へ向かわせましたが、勿論陛下のお許しをいただいてからの事。」


「許可した覚えは無い。」


「おや。…ですが、陳情書を提出致しましたが。」


「……私が、見間違うたとでも言いたいのか。」



陛下は瞳を眇め、低く呟く。



「いえ! そんな滅相も無い! ……ですが、陛下はとても多くの仕事をこなされております。記憶に残らぬ事もあるのでは、と…」


「…ほぅ。ならばその陳情書とやらには、私の印があるのだな?」


「…………、」



尚書は、僅かに動揺した。


「私は、許可した覚えなど無い。……もしも印が押してなければ無効。押してあったとしても、偽物だ。」



どちらにしても、逃げ道など無い。冷えた声音に、尚書は今更ながら焦っている。



「そっ、そんな事は、いくら陛下とはいえ横暴ではありませんか! …それに、もし印が無いのであれば、陳情書を持って行かせた部下が失敗した事に…」


「部下の失敗は、上司であるお前の責任だろう。」


「……っ、」



顔を赤くし、唇を噛み締める尚書に、陛下は背筋が凍る様な冷笑を浮かべた。



「そのどれもが気にいらぬのならば、先程からの私への無礼が理由だ。」


「なっ!」


「……お前がどう思おうと、皇帝は私だ。身の程を弁えよ。」


「……!」




「牢に入れておけ。」


「はっ!」



.

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