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ギィン!!
「……っ、」
金属同士がぶつかる音と同時に、両手が痺れる程の衝撃が伝わる。
受け止めた刃の向こう、モエギさんの無機質だった瞳は僅かに瞠られていた。
意外なものを見た様に丸くなっていた目が、ゆっくりと眇められる。
ギリギリまで引き寄せ刃を跳ね返すと、直ぐ様後方へ下がる。
モエギさんを牽制する為、火掻き棒を突き付けたまま、最初の一撃を受け止める際に、突き飛ばしてしまったルリカ様を確認すると、どうやら怪我は無いらしく、呆然と目を瞠っていた。
「……トウマ様は、本当に規格外な方だ。まさか剣の扱い方をご存じか。」
「……そんな大層なものじゃありませんけどね。」
半ばヤケになりながら、火掻き棒を両手で握り、モエギさんの目の位置に向け、構えた。
女らしい特技の一つも持たない私ですが、運動神経は結構良い。高校では一応、剣道部所属だったりする。
……とは言っても、本当にそんな大層なものじゃあ無い。幼なじみには結局、一度も勝てなかったし。
……こうして、真剣を間近に見ると、余計に思う。
私なりに真面目にやっていたつもりではあったけれど、実戦は全く違うものなんだと。
鈍い光を放つ刀身を見ているだけで、足が竦む。
竹刀とは違う、数センチ食い込むだけで人の命を奪えてしまう凶器。
勝負に負けると言う事は、イコール死ぬ事。参りました、なんて通用しない。
「……不思議な構えですね。」
両手で握り、正眼に構えた私を見て、モエギさんは呟く。
日本ではメジャーな構えだが、どうやら片手剣が主流なこの世界では、馴染みが薄いものらしい。
『サラサ・トウマ』として生きている身としては、致命的過ぎる事ばかりしている気がする。武道を嗜むお嬢様とか、まずいないだろうし、しかもそれが見た事無い形とか。
……でも、今はそんな事、言ってられない。
何を置いても、先ずは生き残らなきゃ。後の事は後で考えればいい!
「貴方は一体……、いや。そんな事は、どうだっていい。」
疑問を口にしようとしたが、モエギさんは直ぐにソレを振り切る。
優先するべきは、そんな小さな事では無いと。
私の最優先事項が、私とルリカ様の命を守る事であるように、彼女は、奪う事こそが一番の優先事項。
「……もう一度だけ、言う。其処をお退きなさい。」
「…………。」
「貴方は多少剣の心得があるのかもしれません。……だがそれは、所詮習い事の領域。実戦向きでは無い。」
「…………、」
当り前だが、あっさりと見破られてしまった事が悔しくて、私は唇を噛み締めた。
真剣を見て、足が竦み手が震える、己の腑甲斐なさが歯痒い。
こんな中途半端なものじゃ、誰を守る事も出来ない。己の身さえ。
「ほら。」
「…っ!」
ギィン、ガキッ!!
軽く切り払う様に向けられた刃を打ち返すが、流れる様に次が来る。正面からの剣撃を火掻き棒を横にし、両手で受け止めた。
一瞬鐔で受けようとしてしまったが、火掻き棒にそんなものは無い。
反応が遅れたせいで力を上から乗せられ、弾く事も適わない。
「実戦は、形式通りに進みはしないのですよ。」
「…っ、」
「風変わりであろうと、規格外だろうと、貴方はお嬢様だ。……無力な、ね。」
そんな事、誰に言われずとも知っている。
口惜しいけれど、これが現実。
だからこそ、私は足掻く。足掻いて藻掻いて、生き残れる道を探すんだ。
無様だろうと、それが今出来る、私の精一杯。
『…其処を退け!!』
「!!!」
部屋の外から聞こえた鋭い声に、私は反射的に叫んだ。
「イオリッ…イオリーッ!!!」
ガァンッ!!!
声の限りに叫んだ次の瞬間、派手な音をたて、入り口の戸が吹っ飛んだ。
「……っ、」
カランカランと転がってきた金具や木片。舞い上がる埃と土煙。
戸であったものを蹴散らし、室内へ飛び込んで来る姿に、安堵で泣きそうになった。
「イ、オリッ…!!」
「サラサ様!!」
精巧な人形の様な美貌を、汗と泥で汚したイオリは、誰よりも格好良く見えた。
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