11
それが、理由。……その指し示す意味は。
「……私、はっ……」
「『私は何もしてない』?」
ルリカ様の声に被せる様に、モエギさんは冷淡に呟く。嘲る声音だったが、何故か泣いているかのようにも聞こえた。
「確かに貴方が直接、クレハを害したのでは無い。……貴方は父親に『どうしても陛下の妻になりたい』と言っただけ。貴方の父が野心家で見栄っ張りでなければ、五人目以降の側室に娘を推す程度で済んだのでしょうね。」
「…………、」
「……吏部尚書が、何かした、と?」
今にも倒れてしまいそうなルリカ様の背を支えながら、私は問う。
恐ろしくて震えそうになる自分を叱咤しながら、モエギさんを見上げると、彼女の無機質な瞳が此方を見た。ガラス玉の様な青に、私が映っている。
「……彼女は側室として召しあげられる直前、侵入した賊によって傷物にされた。」
「っ!!」
息を詰めた私に向かって、モエギさんは淡々と続ける。
「当然、話は流れた。そして、そんな彼女の代わりに……ルリカ様。貴方が召しあげれる事となったのです。」
「っ…………お父様が、それを企てたというの?」
「クレハは、評判の美姫だった。しかも母は王家の遠縁。……尚書とはいえ成り上がりのエイリ家にとってみれば目障り以外の何者でもなかったのでしょうね。」
「……そんな事っ、」
モエギさんの、淡々とした説明に、ルリカ様は反論しようとしたが、言葉が続かない。否定するだけの材料を彼女は持ち得なかった。
「クレハのその後は、悲惨なものでしたよ。口さがない噂に好奇の視線……結婚した後も冷遇され、終には命を絶った。」
「…………嘘っ! そんなの嘘よ!!」
言外に肯定するモエギさんに、ルリカ様は叫んだ。
ルリカ様は目に涙を溜めながら、必死に否定する。彼女には受け止めきれない、キツすぎる内容を拒絶する様にかぶりを振った。
モエギさんは、そんな彼女を見つめながら、薄らと笑む。
「信じられなければ、信じなくていい。……目を反らしたまま逝きなさい。」
「!」
ヤバい。
明確な殺意が宿った瞳に、私はルリカ様を引き寄せた。
「……トウマ様、離れて下さい。」
モエギさんは眉をひそめ、困ったようにそう言った。剣は此方に向けたままだが、問答無用で私ごと斬る気は無いらしい。
私は背にルリカ様を庇う様にしながら、ゆっくり後退る。
入り口からは離れてしまうが、目当ての物に近付く為に。
「貴方に、彼女を庇う理由など無いでしょう。」
「……それを言うなら、貴方とクレハさんはどんな関係なの?こんな凶行に及ぶ理由は、何?」
「それこそ貴方には関係の無い事です。」
何とか気を逸らさなきゃ、と話題を振ってはみたが、冷静に一蹴され終わる。
モエギさんは、呆れた眼差しを、歯噛みする私に向け嘆息した。
「何故庇う。何をされそうになったか、お忘れか?……今し方まで貴方は、その者に殺されそうになっていたのですよ。」
「…………そうね。」
私は顔を自嘲に歪めながら、頷いた。
それを忘れた訳でも許した訳でも無い。
「ならば、」
「だからって、同じ事をする気はありません。」
目当てを気取られ無い様、会話を続けながら、私は手を伸ばす。
「殺されそうになった事を簡単に許せる程、私は優しく無い。……見捨てて、自分を恥じながら生きたくないだけ。」
所詮お前も同じ事だと言われたくないだけだ。
感情抜きで物事を考えられる程大人では無いし、全てを許せる程、出来た人間じゃない。
ドロドロした醜い感情は、私の中に存在している。
……許せない、と叫ぶこころも、確かにあるのだ。
でも、だからといって、死んで欲しいなんて思わない。死んで当然なんて思いたくない。
そんな私には、なりたくない。
モエギさんは眉間にシワを刻む。
「……そんな事で、一緒に死ぬ気ですか。」
ヒヤリとした声に、心臓を鷲掴みにされる。時間を稼ごうと足掻く私を嘲笑う様に、モエギさんは覚悟を決めつつあった。
「…………っ、」
早く早く。
伸ばした指先に当たる、硬質な感触。掴んだと同時に、ルリカ様は私を押し退ける。
「ルリカ様っ!」
「モエギっ…!! お願い、話を……」
.