07
「……ルリカ様。」
「……っ、」
私の呼び掛けに、彼女は体を震わす。細い肩が大きく揺れた。
先程までの勝ち気な部分はなりを潜め、ルリカ様は私に……いえ、私の突き付けた現実の重さに怯えている。
「……ル、」
「知らないっ! 私は何も知らないわっ!!」
もう一度呼ぼうとした私の声は、取り乱したルリカ様の声に遮られる。
全てを否定する様に、ルリカ様は耳を塞ぎ激しく頭を振った。
「落ち着いて、話を聞いて下さい。」
「私は何もしていないわっ!」
窘めようとしても無駄だった。ルリカ様は私の言葉を聞こうともしない。
事の重大を、今更自覚しても遅いのだと、彼女自身もたぶん気付き初めている。
でも受け止めきれなくて、目を反らしているんだろう。
「私は何もしていない! ……そうよ、侍女が勝手に言った事だわ!! 私は悪く無い。」
「ルリカ様っ!!」
「っ!?」
突然声を荒げた私に、ルリカ様は、目を見開き息を詰めた。
「……ルリカ様、」
「………………。」
「……それは一番してはいけない事。貴方がした事の責任は、貴方が負うしかないのです。」
「……わたくしはっ、」
「ルリカ様っ!」
ルリカ様は、ぐずる幼子の様に、大きくかぶりを振る。
何も聞きたくないのだと言わんばかりの彼女の肩を掴み、私は視線を合わせた。
「もし貴方が此処で侍女に罪を擦り付けたら、その方はどうなるとお思いですか!!」
「知らないっ! もう聞きたくない!!」
「聞きなさいっ! いいですか、ルリカ様。身分というものは法においても不平等をもたらすのです。同じ罪を犯したとしても、貴方ならば罰金や身分剥奪で済むところを、平民では肉刑……下手をしたら死罪になる可能性すらあるのですよ!! その重さを背負えるのですか!?」
「っ!!」
アヤネ様に教えていただきながら、私は少しずつこの国の事を学び始めました。
身分制度、政治体制、法律……まだ読み書きも完璧では無い段階なので、正直、ちんぷんかんぷんだったりする。
それでも手探りで進んでいた私は、法律を学び、とても驚かされた。
身分制度がある以上、全てが平らであるとは思わなかったけれど、ここまであからさまに差があるなんて。
罰金刑は、庶民にはとても払える金額ではありませんし、耳馴染みの無かった『肉刑』の内容に、吐き気を催した。
体の一部を削ぐなんて、考えられない。いくら罪人とはいえ、酷すぎる。
死罪も肉刑に含まれる様ですが、息たえるまでの間、藻掻き苦しむものもあって……。
此処は、私が生まれた国では無いのだと、痛切に思い知らされた。
「無実の罪で殺された人の無念や恨み辛み、その家族の苦しみまで、貴方に背負えますか!?」
「……煩い煩い煩いっ!!! わたくしは知らないと言っているでしょう!! モエギッ……モエギーッ!!」
私の手を振り払ったルリカ様は、激昂した様に叫び、モエギさんを呼ぶ。
「はい。」
今まで扉の前に直立したまま、人形の如く微動だにしなかったモエギさんは、主人の呼び掛けに、平坦な声で返事をした。
「……この女を、消して。」
「……っ、」
ルリカ様は、私から間をとる様に数歩後退る。
胸のあたりをギュッと押さえ、絞り出した声は、震えていた。
ゆっくりと持ち上げた手で私を指差し、ルリカ様は綺麗な顔を歪める。
「私の前から、消してしまって……!!」
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