06
「……………。」
室内に、沈黙が落ちる。
ルリカ様は、口は閉ざしているが、その様は冷静とは程遠い。
顔を紅潮させ唇を噛み締めた彼女は、テンパった時の自分を見ているようだ。考え事をする時に、何か一点を凝視してしまうところや、爪が食い込みそうに掌を握り締めるクセに、共感を覚える。
たぶん脳はこれでもかという位働いているのに、全てが空回りに繋がっているんじゃないでしょうか。
そんな、年相応な少女の部分に、胸は痛むけれど、ここを逃してはいけない。
狡猾だと罵られても、目を瞑って見ない振りをする気は無いのだから。
「どう思われますか?ルリカ様。」
「……な、にが、ですの。」
ルリカ様は、緊張の為か渇いた喉から声を絞りだす。一言目は妙に擦れていた。
「不自然だと思われませんか?」
「……別に。そういう事もあるでしょう。」
動揺を押し隠す様に、ルリカ様は息を吐き出して、目を伏せる。
一旦冷静さを取り戻したかに見えたルリカ様だったが、畳み掛けるような私の質問に、すぐに声を荒げた。
「完全な暗闇でも無い時間に、全身黒ずくめが不自然でないと?」
「……手違いがあったんじゃないかしら。」
「手違い?どんな?」
「……よ、予定が狂ったとか、忍び込む時間を間違えたとか」
「王宮の警備を掻い潜って後宮にまで侵入した……いわば手練れが、その様な拙い失敗をするでしょうか?」
「そんな事知らないわよっ!見たものは見たの!!」
「! …嘘はついていないと?本当に見たのですね?」
「嘘じゃない!! えぇ、見たわ!!この目でハッキリと!」
ルリカ様が、勢いに任せて放った失言に、一瞬食い付きそうになったが、グッと堪え更に誘導する。
彼女はそのまま、決定的な言葉を言ってくれた。私が期待していた以上のものを。
「間違い無く、その目で確認されたのですね?」
「そうだと言っているでしょう! しつこいわよ!」
完全にキレたルリカ様は、私を威嚇し睨み付ける事に必死で、まだ発言の迂闊さに気付いていない模様です。
「……それはおかしいですね。」
「…………何がよ。」
詰問する様だった言葉の調子を、ゆったりと変化させると、ルリカ様は目に見えて動揺した。
ポーカーフェイスが全く出来ていない。追い詰められる側には、きっと立った事が無いのでしょうね。
「貴方は今、『自分の目で賊を見た』とそう仰った。」
「それが、何。」
「賊を目撃したのは、貴方の侍女、ではありませんでしたか?」
「……!!」
「二度のうち、どちらもが、貴方の侍女が見たのであって、貴方では無かった筈です。……違いますか?」
「…………、」
見る見るルリカ様の顔から血の気が引き、蒼白になる。
今にも崩れ落ちそうな顔色で、ルリカ様は震える己の体をかき抱いた。
……幼気な少女を虐めている様な罪悪感が芽生えそうになるが、それを直ぐ様振り払う。
周到とはとても言えない今回の手口は、きっといつか露見する。
その時に、蜥蜴の尻尾切りだけはさせてはならない。
下の人間に罪を擦り付け、上の人間が罪を軽くする様な事はあってはいけないのです。
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