04
ルリカ様は、私が冷めた声で問うと、顔を紅潮させた。
屈辱、と書いてありそうな顔で激昂し声を荒げる。
「折角穏便に済ませてあげようとしているのにっ!」
「…………。」
場違いにも、ため息が出そうになる。
……全然穏便じゃありませんよ。私が逃げたら、私の親は叱責程度じゃすみません。
「……貴方は、私以上に箱入りな様ですね。」
「っ!!」
――パァン!!
カッとなったルリカ様は、私の頬を平手で打つ。
長い爪が擦り、ガリッ、と嫌な音がした。
……痛っ、たぁ。絶対血出た。
容赦無く張り飛ばされた頬は、一拍置いて熱と痛みを伝えてくる。押さえた手の平に、うっすらと赤いものが付着した。
……右目の斜め下辺りに、小さな傷が出来た様です。一応側室なのに、顔に傷を付けてしまいましたよ。
「……私にそんな口をきいて、ただで済むと思っているの?」
ただでって……既に報復してるじゃありませんか。
私はもうため息を堪えられなかった。
長く息を吐き出し、ルリカ様を見る。
「事実です。貴方は、私以上に覚悟が無い。……いいですか、貴方は側室。お父上に甘えて全てを与えられ、ただ笑っていればいいだけのお嬢様では無いのです。」
「!!」
再び飛んできた手を、今度は掴んで止める。そう何度も殴られると思ったら大間違いですよ。
「離しなさいよっ!」
「はいはい。」
掴まれた手を、外そうと振るルリカ様に抵抗せずに、私はアッサリと手を離した。
体勢を崩しよろめきながらも、ルリカ様は私を睨み付ける。
「覚悟ならあるわ!!私は、陛下に相応しくある為に、いつだって自分を磨いているもの。毎日肌や髪の手入れを念入りして、香や衣装や宝石を取り寄せて、誰よりも美しい私であるよう努力しているわ!!」
……方向性は、側室としては間違っていないのかもしれない。
美しく着飾り、陛下の目を楽しませるのも、大切な役目だ。私自身はそちら方面の才能が皆無な為、頭から抜け落ちていたけれど。
でもね、ルリカ様。
「美しければ、全て許されるわけではありません。」
例え正室ではなくとも、陛下の……この国の主の妻なのです。
国と民の為になにが出来るかを考え、導くなどと大それた事は言えませんが、少なくとも、陛下の邪魔をする存在で、あってはならないと思います。
「美しく無い貴方が言うと、僻みにしか聞こえないわ。」
ハン、と鼻で嘲笑された。確かに私は美人じゃありませんけどね。
「貴方より私の方がずっと美しいわ。ずっとずっと!!……なのに、何故あの方は私を見ないの!?」
「……え?」
ルリカ様は、自慢の綺麗な顔を歪めた。
だんだんとヒステリックに高くなる声と、吊り上がる眼尻。その形相は鬼気迫るものがある。
「あの方好みの衣装に化粧、細身な方がお好きだと聞いて、食べるものにも気を付けているわ。苦手だった二胡も弾けるようになった!!……なのにあの方は、私を見ない!!見て、下さらないっ…!!」
「………………。」
怒りの形相が、泣きそうなものに変わる。声も最後の方は絞りだす様でした。
……鈍い私でも、これは流石に分かります。
ルリカ様は、陛下の事が好きなんですね。
政治とか見栄とか、そんなドロドロとしたものは関係無く、
陛下に、恋をしてしまったのですね。
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