03
ルリカ様の部屋は、私の部屋と同じ造りの筈。なのに内装の違いでこうも別物に見えるものなのか。
敷物や家具は上質な物だと良く見れば分かるのに、色鮮やかで煌びやか過ぎて、少し悪趣味に見える。
「……お座りになったら?」
ぼんやりと部屋を見渡しながら、現実逃避気味にそんな事を考えていると、後ろから声が掛かった。
ガチャン、と施錠される音に体が震えそうになるが、唇を噛み締めて堪える。
ふらつきそうな足元を誤魔化す為に、近くにあるテーブルに手を付き、ゆっくりと振り返った。
ルリカ様は私を見て、楽しそうに紅い唇を吊り上げる。それは戯れに獲物をいたぶる猫の様な、残虐さと無邪気さを持った歪んだ笑みだった。
「……結構ですわ。」
対する私も、強張りそうな筋肉を動かし、微笑をはり付ける。
ルリカ様の笑顔に、私の中の負けん気が怯えに打ち勝った。誰が怖がってなんか、やるものか。
「あら、そう。」
ルリカ様は、微笑を浮かべる私が気に食わなかったのか、笑顔を引っ込め、舌打ちしそうな顔で、そう言い捨てた。
「それよりも、お話というのは?」
「…………。」
聞きたくは、無い。
でも、これ以上引き延ばされて、無様な姿を曝すのも御免だ。
私が直球で聞くと、ルリカ様は暫し沈黙して、その後、さっきとは違う、お手本の様な笑顔を浮かべる。
「……そうね。余計な人間が増えないうちに、本題に入りましょうか。」
余計な人間……。私としては入って来て欲しい所ですが、無理そうですね。
ルリカ様の背後に視線を向けるが、施錠された扉の前には、モエギさんが相変わらずの無表情で立っていた。……逃げ道は無い。
気にして下さっていた武官の方々も、何も起こっていないうちから、扉を破る訳にもいかないでしょうし。
取り敢えず、用件とやらを聞きましょう。
半ばヤケになりながら、腹を決めた。だが、ルリカ様の言葉は予想外のものだった。
「貴方、後宮から出て行ってくれる?」
「…………は?」
一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。
嫌われているのも、疎まれているのも知っている。
でも、こんな事を言われるとは思わなかった。
「……それは、不可能でしょう。」
いいとか嫌だとかの前に、実現不可能だ。それは私の意志で決めれる事では無い。
「大丈夫よ。貴方が頷いてくれるのなら、モエギが手助けするわ。……勿論、金銭面も援助する。」
なのにルリカ様は、簡単にそんな事を言う。
必死な様を見ていると、どれだけ私が邪魔なんですか、と突っ込みを入れたくなりますが……、そんな場合じゃないですね。
「衣食住は、全て保障するわ。だから…」
「無理です。」
最後まで言わせずに、私はルリカ様の言葉を遮る。
「後宮は、そんなに甘い所ではありませんよ。それに、仮に逃げられたとしても、親を見殺しにするなんて無理です。」
私の気持ちは置いておくとして、現実問題無理でしょう。
百戦錬磨の武官ら相手に、逃げ切れる自信も無いが、何より、側室が後宮から逃げた場合、親族がどうなるのか考えるだけで恐ろしい。
小説で読んだ程度の軽い知識しか無いから詳しくは分からないけれど、一族郎党全てに何らかの罰が与えられるんじゃなかろうか。
特に両親は、下手したら死……うぁー絶対無理!!実の親じゃなかろうと、絶対に嫌!!
「……用というのは、それですか。」
なら私の返事は、ノー。それだけ。
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