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皇帝陛下の癒し。



 最近、小さな可愛らしい猫を手に入れた。





「……本日もお渡りとは、珍しい」



 執務を終え食事や湯浴みを済ませたオレが後宮へ行くと告げると、護衛の武官である幼なじみは何とも言えない表情を浮かべ、そう呟いた。



 時刻は疾うに深夜をまわっている。

皆寝静まっている中、まるで忍び込む様に後宮へ入るオレを見て、その表情は益々うろんなモノへと変わった。



「……後宮の主人である方が、何故盗人の様に隠れる必要があるのです」



 嘆かわしい、と肩を落とす幼なじみに、オレは苦笑を洩らした。



「他の妃に見つかっては、虐められかねんからな」



 軽く言ってはみたが、実際オレが一人の所に通っている事がバレたら、『虐め』なんて可愛らしいものでは済むまい。



 下手をしたら、命の危険すらある。



「オレが多少情けない思いをする程度で、アレの平和が護れるなら安いものだ」


「…………」



 オレが笑ってそう断言すると、幼なじみは暫く沈黙していたが、やがて諦めた様に嘆息した。



 言っても無駄だという事が、長年の付き合いで分かるのだろう。

無言でついてくる幼なじみと共に、オレは後宮の一室を目指した。



「……では陛下。私は此処でお待ち致します」


「ああ」



 部屋につくと、幼なじみと別れ、彼女の寝室を目指す。



 寝室に続く扉の隙間からは、ボンヤリとした薄灯りが洩れていた。



 ゆっくりと戸を開けると、寝台から半身を起こし、書物を読む横顔が見える。



「…………」



 彼女が熱心に見る書物を見て、オレは瞠目した。

それは、いつだったか書物を読むのが苦手だと言った彼女に、オレが贈ったものだった。



 内容は、幼子の好むお伽噺。

他意無く贈った物だったが、後で後悔した。嫌味と取られはしないかと。



 だがオレの危惧を余所に、彼女は何とも嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、礼を言ってくれた。



 ……あんなに真っ直ぐで、愛らしい存在を、オレは他に知らない。



 貴族の女は、自分の短所を殊更隠そうとするものだ。

貴族では無い女も、喜ぶのは高価な贈り物だけだ。



 サラサは、己の短所を認め改善させようとする、素直さと勤勉さがある。

高価でも無い、しかも配慮に欠けた贈り物を、喜んでくれる。世界に一つの宝石を贈られた様に、心からの笑顔をくれる。



 側室としては少々風変わりとは言えるが、そんなところが良いと思う。



 サラサの傍は、酷く居心地が良い。



「……サラサ」


「!」



 静かな声で呼ぶと、彼女は弾かれた様に顔を上げる。

直ぐに入り口に立つオレを見つけ、パァッと表情を輝かせた。



「陛下!」



 寝台から下り、小走りで此方へ向かって来た彼女は、嬉しそうに顔を綻ばせてオレを見つめる。



「おかえりなさいませ」


「……ただいま」



 後宮では、使う事の無い挨拶。

でも彼女に言われると、何故かとても安心する。



 ほっと、漸く息がつける心地がするんだ。



 テーブルに用意してあった酒瓶を引き寄せようとする彼女を制し、オレは寝台へと滑り込む。

何時もの様に隣を空けて軽く敷布を叩く。合図を送ると、彼女は目に見えて赤くなった。



 純粋無垢な様子に、暖かな気持ちが込み上げた。



「何もしない。眠るだけだ。夜が明ける前には帰るから……おいで」



 甘やかす笑みを浮かべ手招きすれば、彼女は暫く悩んだ後、おずおずとやってきた。



 真っ直ぐな黒髪をゆるりと撫でると、吊り上がり気味の漆黒の瞳が、オレを見上げる。



 まるで臆病な子猫を懐かせようとしている気分だ。



 抱き込んだ彼女の細い体は、甘く優しい香りがする。



 気が付けばオレは、今までに無い位、深い眠りに落ちていた。



 ……サラサの香りには、癒しと睡眠導入の効果があるに違いない。



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