側室(仮)の危機。
「――さぁ、どうぞ?」
自室の扉を侍女に開けさせたルリカ様は、室内を手で指し示した。
足を縫い付けられた様に棒立ちしている私を見て、ルリカ様は口角を吊り上げる。
彼女は勝ち気な美貌に、毒の様な笑みを浮かべた。
「…………、」
……入りたく無い。私の部屋と同じ様式の扉が、とても不気味で怖いものに見えた。
だっていわば、敵陣ど真ん中。究極のアウェイなのですよ!!
ルリカ様が、私の何が気に食わなくて、そんなにも嫌っているのかは分からない。理由も経緯も対処も、分からない事だらけです。
……でも彼女が今、何事も無く私を帰すつもりが無い事は分かる。
今のルリカ様のターゲットは、苛立ちをぶつけられる誰かでは無く、初めから私だった。刺さるようなあの視線が、明確にそう告げていたから。
「…………。」
私は深く息を吸い込み、自分自身に、落ち着け、と言い聞かせる。
手の平を握り締め唇を引き結んだ私は、覚悟を決めた。
出来るだけ無様に見えないように、胸をはり、顎を引く。
足取りに迷いが見えなければいい。表情に、怯えが混じらなければいい。
ハッタリ上等。
喧嘩をふっかけてきている相手に、狼狽える所なんて見せたくないです。私だって、その位のプライドは、ある。
カツン、
靴音を響かせながら室内へと進む途中、一瞬見えたルリカ様は、大層不服そうに歪められていた。
私の怯え、戸惑う様が見たいのでしょう。
生憎ですね。
私、図太いのですよ?
虚勢だろうと何だろうと、押し通してみせます。貴方の前で、怯え泣き叫ぶ姿なんて絶対見せない。
「…………。」
……まぁでも、手加減してくれると有り難いのですけどね……。
なるべく、身体的な傷は避けて欲しい。来るなら精神攻撃でドンと来い。
それなら受け流してみせますから。
「……貴方達は外で待機よ。」
「……しかし、」
ん?
なにやら私が悶々と考え込んでいる間に、揉め事が発生しているようです。
私を通した入り口にルリカ様は立ち塞がり、護衛や侍女を締め出している。
侍女はともかくとして、近衛軍に籍を置く護衛二人は難色を示した。当り前ですね。
護衛が、護衛対象から離されては仕事にならない。
四六時中一緒に居るのは流石に無理なので、ケースバイケースになるでしょうが、お嬢様の我が儘で一方的に締め出しされるのを甘受する訳にはいかないでしょう。
「……?」
そんな事を考えながら見守っていると、護衛官は焦った顔で、何故か私を見た。
二人ともが私をガン見している。ホワイ?
……何です?
見ず知らずの、ちょっと頭が緩そうな小娘が、虐められそうだから心配でもしてくれているんでしょうか。
あれ、……でも先程、私の名前呼んでいましたよね。
そういえば、地味子な私の名前と顔が一致している辺り『こやつ出来る』と思っていたのですが。
「私共は、貴方様の護衛。軽々しくお側を離れる訳には参りません!」
……だから、何故私を見ながら言う?
なんでそんなに、必死なんでしょう。寧ろ、当事者の私より必死に見える。
反論された事に、ルリカ様は非常に分かりやすく苛立った。声がヒステリックに擦れる。
「……分からない人達ね!!私にはモエギがいるから、貴方達はいらないと言っているの!!分かる?」
モエギ、と呼ばれたのはたぶん、無表情のまま事態を静観していたもう一人の護衛。
実用性を重視した近衛軍の鎧と違い、鮮やかで華美なその鎧はおそらく、エイリ家のもの。
ルリカ様が名を呼んでいる事から察するに、急遽雇った傭兵では無く、元々エイリ家に仕える私兵なのだろう。
……どちらにしても、問題の種である事に変わりはないけれど。
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