護衛武官の緊迫。
再び、サラサ付きの護衛武官、イオリ・ユウキ視点です。
「…………?」
陛下と兄への報告を終え、早足で後宮へと戻った私が、中へ入る為の手続きをしている時だった。
見覚えのある少女が、此方へと駆け寄って来たのは。
「ユウキ様!」
「クダン殿……?」
緩やかに波打つ栗色の髪をなびかせながら、小走りで私の元まで来たのは、小柄な美少女、カンナ・クダン。
サラサ・トウマ様付きの侍女だ。
慌てたような彼女の様子に、私は嫌な予感を覚える。
普段の彼女は、貴族に仕えるに相応しい立ち振舞いで、実年齢よりも落ち着いて見える程だ。
そんな彼女の焦りに、何かがあった事を悟り、私は検査の為に外していた鎧と剣を手早く装備した。
「もう通ってもいいな?」
「どうぞ!」
門番に確認をとり、敬礼と共に威勢の良い返答をもらうと、私はクダン殿に駆け寄る。
「どうされた?」
「……サラサ様が、」
「っ!! サラサ様がどうした!?」
声を荒げた私に、彼女は厳しい表情になる。
「……まだ何かあった訳では無いのですが、」
そう前置きをして、彼女は簡潔に、だが分かりやすく事態を説明してくれた。
私は話を聞いて、唇を噛み締める。
まさか、私が離れている間に、そんな事になっていようとは…!!
他者を気遣い、人の為に動けるのはサラサ様の美点だ。行動力があり、思い立ったらじっとしていられない気質も、私は好ましいと思う。
……だが、これは軽率だろう!!
例え緊急性を感じたのだとしても、私を待つべきだった。
他人の事を気にする様に、己の身も案じて欲しい。あの方は、ご自分の価値を……どれ程重要な存在かを分かっていないのだ……!!
「おいっ!将軍に伝令を頼む!!」
門番を呼び付け手短に伝言を伝えると、私の勢いに何かを察した武官は、短く頷くと放たれた矢の如く飛び出して行った。
その姿を見送る事無く、私はクダン殿を振り返る。
「行きましょう!!」
「はいっ!!」
私はクダン殿の足を考慮する事無く、全力で走っているが、彼女は離されながらもよくついてきている。
ホノカ・メイハ様の部屋前を通り、エイリ家令嬢の部屋を目指す。
「…っ、」
角を曲がろうとした私は、突っ込んでくる何かに気付き、身を躱した。
「きゃっ、」
「っ!?」
私が避けた事で体制を崩した人を、私は咄嗟に手を伸ばして受けとめる。
「何奴!?」
その直後、怒声と共に喉元に剣が突き付けられた。
「………。」
「っ、失礼致しましたっ!」
冷めた視線を向ける私を見て、そいつは、焦りながら剣を引く。…その武官は、私の代理としてサラサ様に付けていた者だった。
何故、お前がいる……!?
お前とクダン殿が此処にいるという事は、サラサ様には誰がついているというんだ!!
「……貴方は、」
腕の中の存在が身動ぎ、顔を上げる。
細身の美女…ホノカ・メイハ様は私を必死な面持ちで見上げ、縋る様に腕を掴んだ。
「……貴方、サラサの護衛の方よね! ?お願いっ、サラサが!!」
「…………、」
メイハ様の悲痛な叫びを聞きながら、私は指先から冷えていく様な心地を味わう。
彼女を武官に預け、私は全力で駆けた。
……ルリカ・エイリ嬢。
どうか、その方に触れるな。
その方は、皇帝陛下にとって……ひいてはこの国にとって重要な方。
―――万が一、あの方に何かあれば、
サラサ様に傷を付けるという事は、そのまま御身を滅ぼす事になり得ると、身を以て知って頂く事になる。
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