03
…大事になる前に、イオリに相談するべきでしょうか。
最早問題は、私達、側室同士の小競り合いにおさまる話では無い。
後宮に、主人の許可無く外部の人間を入れるなんて、簡単に許される事じゃないでしょう。
吏部尚書という地位があれば、色んな方面に顔がきくでしょうし、ある程度の我が儘なら押し通せてしまえるんでしょうが、これは流石に…。
兵部も、皇帝陛下の許可無しに、そんな勝手許さないでしょうし。
「………………、」
…うん。
此処で悶々と考えていても、埒があきません。一旦退却しましょう。
私の早とちりなのだとしたら、それにこした事は無いし。抱え込む前に、聞く事が正解なのだ、たぶん。
「……、」
ホノカ様、一度帰りましょう。
そう、提案するつもりでした。
ですが、私が小声でそう告げる直前、
「…其処にいるのは誰だ!!」
「…っ、」
壁の向こうから、鋭い声がした。
……しくじりました。
己の思考に捕われている間に、大分距離が近付いていた事に気付かなかった。
神経を研ぎ澄まし、周りを警戒している兵士が、気配を隠している訳でもない小娘を見過ごす筈ないのに。…もっと早く、立ち去るべきでした。
「……………。」
己の腑甲斐なさに歯噛みしつつも、私は立ち上がる。
私の護衛の方を一瞥し、無言のまま、ホノカ様を逃がすよう目で訴えた。
一瞬躊躇うが、すぐに頷いた護衛武官に手を引かれる形でホノカ様は立ち上がる。
泣きそうな顔で、私に手を伸ばす彼女を安心させる為、ヘラリと緊張感の無い笑顔を浮かべた。
何勝手に、私のフラグたてているんですか。大袈裟ですよ。
『大丈夫』
唇の動きだけでそう伝え……伝わったかな。相手がホノカ様だからイマイチ不安ですが。
二人を追い払った私は、物陰から出て、彼らの前に立つ。
「……っ、」
現れた私を見て、近衛軍の鎧を身に纏った二人の武官は、瞠目する。
中央に立つ美少女は、彼らよりも一拍遅れて、驚愕を顔に張り付けた。
長い髪は、ホノカ様の柔らかな赤毛とは違い、炎を紡いだ様な鮮烈な紅。
同色の吊り上がり気味の瞳は、私を見て際限まで見開かれている。
純粋な驚きだけだった表情に、だんだんと黒いものが混ざって行く。憎しみと苛立ちと嫌悪と…色んな負の感情が視線に籠められ、私に突き刺さった。
「…トウマ、様。」
呟いたのは、憎々しげに睨み付けるルリカ様では無く、戸惑う武官だった。
何故貴方が此処に?
視線が雄弁にそう語る。
「何故、トウマ様が…」
「…丁度良いわ。」
そして視線だけでなく、言葉に出そうとした武官の声は、ルリカ様に遮られた。
彼女は私を見て、紅に塗られた唇を、笑みの形に歪める。口角は吊り上がっているが…目は全く笑っていない。
「…貴方に、お話があるの。私と一緒に来て下さる?」
「……………。」
嫌だ。行きたくありません。
嫌な予感しかしないもの。
そう心の中で反抗してみるものの、実際は口に出せない。だって今、圧倒的に立場が弱いんですよ。
なんせ…
「…隠れていらした理由も、お聞きしたいですし。」
そう。
こそこそ隠れて様子を窺っていた身としては…中々強くは言えないわけで。
……なんか、今更ですが、身の危険を感じます。勿論女の子としての、なんて色っぽい話で無く。
立ってはいけないフラグが、たった気がした。
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