02
「い、今は突然だから、ちょっと舌が回らなかっただけって言うか、」
「…はいはい。じゃあ深呼吸でもしましょうね。」
だから、落ち着いてからにしましょうって言っているのに。
私の呆れを含んだ視線を受け、ホノカ様は早口でそう捲し立てた。恥ずかしいのか、頬が薄紅色に染まっている。
憮然としつつも、しっかり深呼吸しているのが可愛い。…ツボるなぁ、ホノカ様の行動。
シャロン様のような、正統派の、誰もが同意する可愛さでは無い。
お馬鹿な子ほど可愛い…という心境に近いです。
すーはーすーはーと深呼吸を繰り返すホノカ様を、生暖かい目で見てから、私は物陰からルリカ様の様子を窺った。
「…………ん?」
何処行くんでしょうかね…と考えつつもルリカ様一行の動向を見守っていた私は、ふとある事に気付いた。
思わず小さな声が洩れる。
「…なに?どうしたの?」
ソレを拾ったホノカ様は、深呼吸をやめ、私の方ににじり寄った。ひょっこりと、私を真似る様にして、物陰から顔を出す。
好奇心旺盛なお子様にため息をつき、もう少し後ろに下がるよう指示しながらも、私は彼女の問いに答えた。
「…少し気になったのですが……確かルリカ様の護衛は二人ではありませんでしたっけ?」
「…そう…だったかしら?覚えていないわ。」
私の疑問に、ホノカ様は考え込む様に視線を彷徨わせた。そして暫く沈黙した後、困った様に眉を下げる。
…ホノカ様は、引きこもる前も、自分の事で精一杯でしたでしょうからね。
周りを見渡す余裕は無かったから、そんな事まで覚えていないのでしょう。
私は事件に注目していましたから、カンナやイオリから聞いた事がありました。
その時は、賊がルリカ様のお部屋の近くで目撃された為、彼女だけ護衛が二人、と聞いていたのですが…
「…何で三人いるの。」
今、ルリカ様を守る様に辺りを警戒している護衛は、三人いる。どゆこと。
「…二度目の事件を受けて、増員されたのかしら…?」
今回も、ルリカ様のお部屋近くで賊が目撃された。
ルリカ様の護衛が増えていても、何ら不思議な事では無いけれど…、
イオリもカンナも、そんな事言っていませんでした。
そこまで報告する義務は無いと思われるかもしれませんが、イオリは仕事に関して、とても真面目で細やかですし、カンナは私が事件の事を気にしていると知っている為、何か動きがあったらその都度教えてくれます。
「…しかも、何で鎧が違うのかしら。」
三人の護衛の内、一人だけ鎧が違う。
同じ任務についているにも関わらず、何故?
「………私兵じゃない?」
私の呟いた言葉を拾ったホノカ様が、ぽつり、と呟く。
「…私兵?」
聞き慣れない言葉に、問い返す私に、ホノカ様は小さく頷く。
「エイリ家で元々雇っていた兵士か、若しくはルリカ様の為に、吏部尚書が新たに雇ったんじゃないかな?」
「…………。」
成る程。
つまり、近衛軍の様な公の機関に属さず、個人的に雇った兵士の事ですね。
「それで鎧が違うのね………じゃなくて!…いいんですかソレ。」
許可が出るとは思えないんですが。
そんな事を一件許せば、他のお嬢様方のご家族も、『ならウチの子にも!』ってなるかもしれませんし。
そしてそれら全てを許可してしまえば、規則や取り締まりもだんだんと緩くなり、結果、賊を正面玄関から招き入れてしまう事態になりかねない。
…それとも、今回は特別措置として許可がおりた?
「…分からない、けれど……もしかしたら、吏部尚書が陛下の許可も得ずに勝手をしているのかもしれないわ。」
「…………。」
それがもし本当なら……なんて、頭の痛い話でしょう。
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