06
「……臆病な私だけど、ルリカ様が父を馬鹿にした時は流石に許せなかった。…お父様は、実直で勤勉な事だけが取り柄なのかもしれないけれど…素晴らしい方なの。例え愚直と言われていても、私には…」
「ホノカ様。」
「……?」
遮る様な私の呼び掛けに、ホノカ様は不思議そうに私を見た。
「…私がお茶会で言った事は、ただの慰めではありませんよ。」
「……え?」
ゆっくりと見開かれる瞳を真っ直ぐ見て、私は言葉を続ける。
「安璃州は、ただの辺境の地ではありません。戦の多いこの国で、隣国と隣り合った州というのは、かなり重要な拠点だと思うのです。…ましてや輸出入が盛んとなり、これから栄えて行くであろう州ですよ?無駄な人員を送る隙なんてこれっぽっちも無いと思います。」
これっぽっちと言いながら、くっ付けた人差し指と親指をホノカ様の眼前に突き出した。
実際、微塵も無いと思われます。
首都へのパイプ的、交通路の開拓、整備。
税関等の管理、密輸入の取り締まり。
またそれ等に付随する仕事の組織化、ルールの取り決めエトセトラ…。
防衛関係も考慮するならば、仕事は溢れる程ある。行くべき人材は、即戦力になる人でなければお話にならないだろう。ましてや、トップをすぐ下で支えなければならないポジションなら尚更だ。
実直で勤勉なだけでなく、ホノカ様のお父様は、たぶんとても優秀な方。
吏部尚書であるルリカ様のお父様は、もしかしたら左遷だと思っているのかもしれない。ルリカ様が馬鹿にする位ですからね…。
でも皇帝陛下は、そうは思っていない気がする。寧ろ、信頼しているからこそ、ホノカ様のお父様を派遣したんじゃないかな。
「山積みな仕事をこなし、上を支えながら、下の人間を気遣える人じゃなきゃ、今の安璃州の州牧補佐なんて勤まらないと思います。」
中間管理職ってのは、何処の国でも大変そうですよね…。
うちの父も部下の方を家に呼んで、お酒飲みながら愚痴聞いたり、上司の接待だと日曜日に朝早くからゴルフ行ったりしてましたよ。
「…でもお父様は、…努力家ではあるけれど、天才ではないわ。」
「中間管理職の方に、天賦の才は必要無いと私は思いますよ。」
寧ろ邪魔だと思います。ぶっちゃけ。
天才は、良くも悪くも浮く。上司には嫉妬され、部下には敬遠され、では組織を纏める事は出来ない。
必要なのはきっと、勤勉な秀才。
「ホノカ様のお父様が適任だと、陛下が判断したからこその異動だと思います。…そして、そんな信頼に足る方の娘さんだからこそ、陛下はホノカ様を側室に、と望まれたんじゃないでしょうか。」
「……………………。」
ホノカ様は、呆然とした顔のまま虚空を見つめていた。その表情はだんだんと変化し、生気を帯びて行く。
「…お父様は、いらない方では無い、のね。」
「はい。」
「じゃあ私は、胸を張って、お父様を尊敬しているんだって…言ってもいいのね。」
「はい。」
「……………。」
ゆっくり、噛み締める様に呟かれたホノカ様の言葉に、私はしっかりと頷いた。
私の言った言葉は、証拠があるものでは無い。言い切ってしまう事は、無責任とも言える。
でも、どうかお父様を、…そしてお父様を尊敬する自分を恥じないで欲しい。
私もお父さん、大好きです。 尊敬してます。
お母さんも、大、大、大好き。
会えない今では、声に出したら泣いてしまいそうだから、我慢するけれど、いつか会えたら抱き付いて愛してます!って叫ぶつもりです。
お父さんは照れて、お母さんは鬱陶しがるでしょうね。でも止めてなんかあげません。
だからホノカ様も、俯いてしまわないで。
「怒っても、いいのよね?」
「はい。」
ホノカ様は、シーツを握り締めながら、顔を勢いよく上げた。
「……じゃあ、怒る。」
「……は?」
ポツリと呟かれた言葉を、私は思わず聞き返した。
え、聞き間違い?
我が耳を疑ってみたけれど、妙な方向にテンションが振り切れてしまったホノカ様は、言葉を撤回するどころか、高らかに宣言した。
「今から怒りに行く!」
「………えぇっ!?」
…マジですか!!?
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