05
あれから暫くの間、ホノカ様は泣き続けた。
我慢に我慢を重ねた結果、彼女の精神は限界ギリギリだったんだろう。溜め込んだ淀みを吐き出す様に、ホノカ様は声を上げて泣いた。
その間、ただ背中を擦り続ける事しか出来なかったけれど、やがてホノカ様はゆっくりと顔を上げる。
「……………。」
赤くなった目元を拭いながら、鼻を啜るホノカ様の顔は、涙でぐしゃぐしゃ。でもその表情は、さっきよりずっと、晴れやかだった。
照れ臭いのか、視線を反らしながら、ホノカ様は頬を染める。
「……酷い顔してるでしょう…?」
「そうですねぇ。」
「!」
自分で言っておきながら、ショックを受けた様に目を瞠り眉を下げるホノカ様に、私は吹き出した。
肩を震わせながら、ホノカ様の目尻に留まっていた涙を拭う。
「…でも、良いお顔をしてらっしゃいますよ。」
「…………………。」
からかわれたと分かったホノカ様は、頬を膨らませ、恨みがましい目で私を見た。
…そういう素直な反応されると、余計弄りたくなるんですが。
私より背も高く、年上な筈なのに、妹の様です。
…此処だけの話、シャロン様の方が落ち着いている気がしますよ。
「……意地悪。」
「はいはい。…取り敢えず、落ち着いたのなら、お茶でも用意しましょうか。泣いたから喉渇きましたでしょう?」
「…………………。」
ムクレたままのホノカ様は、それでもコクリと頷いた。
私は寝室の外で待機してくれているであろうカンナを呼び、お茶の用意をお願いする。
髪も乱れ、尚且つスッピンなホノカ様を人前に引っ張り出す訳にもいかないので、寝室で大人しく待っている事にした。
「……………。」
膝を抱えたホノカ様は、ピタリと私に寄り添う。
…私は、こんな大きな娘さんを持った覚えは無いですよー。
しょうがないなぁ…と、ため息を一つついて、私はホノカ様のしたい様にさせる事にする。
私の肩に頭を乗せ、目を瞑るホノカ様は、消え入りそうな声で、ポツポツと語りだした。
「………本当はわたし、後宮なんて入りたくなかった。…人見知りだし、卑屈だし、その上、我が儘だし……私なんかが、後宮で上手くやっていける筈ないって。」
「…………。」
私は否定も肯定もせずに、黙って聞いていた。
ホノカ様は、ご自分の悪いところもちゃんと把握している。…ただ、そんなに酷いものでは無いのですけどね。臆病なところも少し我が儘なところも、まとめて彼女の魅力だと思います。……卑屈な部分が、私なんて、と思っちゃうんでしょうが。
「……本当は、嫌だって言いたかった。…………………でも、お父様が嬉しそうだったから。」
「…お父様、ですか?」
私の問いに、ホノカ様は小さく頷く。俯いていた顔が、くしゃりと歪んだ。
「『陛下に見初められるなんて、流石私の自慢の娘だ。』って嬉しそうに笑うの。…曖昧に笑う事しか、私出来なかった…………陛下にお会いした事なんて、一度も無かったのに。」
「……ホノカ様。」
「陛下は即位するにあたり、適当に側室を見繕っただけ。家柄、父の役職、家族構成を鑑みて、たまたま該当したのが私。…たぶん父も私も野心が無く、御しやすいと判断されたんでしょうね。」
確かに殆どの側室が、政治的理由で此処に居るのだろう。私もそう。
この前届いた文によると、父(仮)は工部侍郎に昇進したそうです。
「…わたしは、自分の身の程くらい理解してる。さして美人じゃないし、特技もこれといって無いわ。…でも、だからこそ、言えなかった。…努力家なお父様を尊敬しているから、『自慢の娘』のままでいたかった。何も誇れる事が無くて、卑屈な娘だって…知られたくなかったの。」
「……お父様が、大好きなんですね。」
「…うん。」
「だから、ルリカ様の事、あんなに怒っていたんですか。」
…それなら、以前見せたルリカ様への憤りも理解出来ます。大好きなお父様を貶されて、簡単には許せないのは当り前。
ホノカ様は頷いて、唇を噛み締めた。
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