03
コンコン、と少し強めに寝室の扉をノックした。
「……………。」
少し待ってはみるが、やはり返答は無い。
起きている事前提で、そのまま扉越しに語り掛ける事にした。
「…ホノカ様。サラサ・トウマです。」
「……………、」
相変わらず、返ってくる声は無い。だが、扉に近付けていた耳は、中からの小さな音を拾った。
衣擦れの様な微かな音と、木が軋む音は、多分彼女が寝台から身を起こした時のもの。
…追い詰められた精神状態では、眠る事も難しいんじゃないかとは思いましたが…眠れない、食べれないでは、本当に死んでしまいますよ。
「聞こえているのでしたら、此処を開けて下さい。」
「………………、」
「表に出て下さいとは言いませんから、何か召し上がって下さいませ。」
「………………、」
「…ホノカ様。」
何を言っても、何度呼び掛けても返事は無い。
…この位で出てきて下さるなら、侍女の方はあそこまで憔悴はしてなかったとは思うので、予想の範疇内ですが。
…一応声も掛けましたし、此処からは強引にいかせていただきますよー。
「…ホノカ様、扉には近付かないで下さいね。」
中へと声を掛けると、私は少し扉から離れた。
寝台の扉は、私の部屋のものと同じ観音開きのタイプ。外見が一緒なので、構造も一緒だと思います。
私の寝室には、内鍵は一応あるが、細い棒を閂の様に通してあるだけ。
…つまり、ですよ。
それさえ壊せれば、開く訳です。
「…さぁ、いきますよ。」
「さ、サラサ様っ!」
衣の裾を持ち上げ、狙いを定めた私を、珍しくも慌てた様なカンナが止めた。
「何をなさる気ですか…っ!」
「………蹴破ろうかと…」
「サラサ様っ!!」
……怖い顔になったカンナに、凄い勢いで怒られました。
いくらオカン級に懐の広いカンナでも、どうやらコレはアウトらしい。当り前だけど。
「お怪我をなさったら、どうするんですか!」
「…え、ソコ!?」
カンナ…やろうとしていた私が言うのもなんですが、他人様の寝室の扉を蹴破ろうとした人間ですよ。叱るべきはそこじゃあないでしょう。
「…カンナ、……?」
何処から突っ込むべきか、考えあぐねている私の耳に、
何かが外れる様な、小さな金属音が聞こえた。
「…………、」
ゆっくりと、扉が開く。
ほんの少し開かれた隙間から、ゆらゆらと不安定に揺れる白いものが覗く。
それはシーツを頭から被った塊…お顔は見えないけれど、多分ホノカ様。
拒絶されない内にと、私は隙間から寝室へと身を滑り込ませた。
「…………ホノカ様、」
「………………、」
シーツを被ったまま、ホノカ様は俯いた。
背は高めの彼女が、小さく頼りなげに見えるのは、背を丸めている事だけが理由では無い。
細い肩は、震えている。
「…………ど、して…?」
噛み締められ血の気が失せた唇から、消え入りそうな声が洩れた。
「…………え?」
言葉は聞こえたが、ソレが何をさしての言葉なのかが分からなくて、私は聞き返した。
「…どうして…貴方は、そんなに明るくいられるの…?」
「……ホノ、」
「どうして、私ばっかり…私だけがこんな惨めな気持ちにならなくてはいけないのっ…!?」
「…っ、」
私の声は、激昂したホノカ様に遮られた。顔を上げた拍子にシーツがずり落ち、ホノカ様の顔が漸く見れた。
明らかにやつれてしまったホノカ様の顔色は悪い。それなのに目だけが怒りによってか爛々と輝き、まるで別人の様相だ。
穏やかに微笑む佳人の面影は、そこには無い。
「こんな閉鎖空間で誰かに嫌われては生きていけないから、人の顔色を窺って、なるべく目立たない様にしているのに…それでも嫌味を言われて…!!自由に生きている貴方は、親しい方が居て幸せそうに笑っている……何故なの!?」
「……………。」
「今回の事だって、そう。同じ噂をたてられているのに、貴方は堂々としていて……私は惨めにコソコソ隠れる……もう嫌!!こんな場所、もう嫌なのっ…!!苦しいの………!!」
「…………………。」
私は黙って、ホノカ様の言葉を聞いていた。
今回の事だけじゃなくて、おそらくずっと前から、ホノカ様の胸に支えていた苦い感情の吐露を。
「……ホノカ様、」
「…っ?」
やがて、全て吐き出したのか、荒く呼吸を繰り返すホノカ様の手をとり、
私は彼女に言った。
『取り敢えず、ご飯食べましょうか。』と。
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