02
「……………。」
………さて。
来てしまいましたよ。
あれから、渋る護衛の方と、心配してくれるカンナを説き伏せ、なんとか部屋を出る事が叶いました。
お願いという名の我が儘を押し通した私に、二人ともついて来てくれています。…本当に申し訳ありません。
…ですが、後悔はしたくないのです。
掴めるかもしれない誰かの手を、見ないフリは絶対に嫌です。
「………………。」
ホノカ様のお部屋の前に立ち、私は心を落ち着ける為、深く息を吸い込む。
「…よろしいでしょうか。サラサ様。」
吸い込んだ息を吐き出し、私は伏せていた目を開けた。
「……いいわ。」
私が頷くと、カンナは扉に向き直り、ノックをした。
―――コンコン、
「……………………、」
長い沈黙が落ちる。返答は中々こない。
留守…な筈は無いと思うのだけれど。
少し私が不安になった頃、中から小さな声が聞こえた。
「…はい。どちら様でしょうか。」
お付きの侍女であろう女性の声は、明らかに警戒している。怯えと疲れとが交ざった声には、覇気が無い。
「…トウマ家侍女、カンナ・クダンと申します。」
「………トウマ様」
小さく呟かれた声から感じるのは、戸惑い。
警戒している相手では無いが、訪ねる理由が分からないからだろう。
それでも扉はゆっくりと開いた。
「……!」
怯えながらも出てきた侍女は、カンナの後ろにいる私を見て、瞳を見開いた。
……ごめんなさい。規格外…というか、破天荒な側室で。
私の代わりに話をしようとしてくれていたカンナを制し、一歩前に出た。
「…直接訪ねる様な、礼儀知らずな真似をして申し訳ありません。…ですが、どうしてもホノカ様にお会いしたかったのです。お取り次ぎ下さいませんか?」
「…お、お止めください!」
頭を下げた私に、侍女の方は蒼白になった。…困らせるのは更に本意では無いので、直ぐに顔を上げる。
「…………、」
侍女の方は、とても困ってらっしゃった。
私と室内を、交互に見ている。
ホノカ様と私は、会った事すら数える程度しかありませんし、困惑するのは当り前かもしれません。
…ここは、ご様子だけお聞きして帰るべき?
私が出直す事を考え始めていると、侍女の方は意を決した様に扉を大きく開けた。
「…中へどうぞ。」
「!」
人目を気にする素振りをした彼女に、私は口早にお礼を言って室内へと足を踏み入れた。
「……………、」
後ろで扉が閉まる音を聞きながら、室内を見回す。私の部屋と似た様な造りの落ち着いたリビングには、ホノカ様の姿は無かった。
お掛け下さい、と勧められた椅子に座り、私の背後に二人が立つ。
お茶の用意をしようとする侍女の方をやんわり止め、早速話を切り出した。
「…あの、ホノカ様は…、」
「……………。」
侍女の方は、表情を曇らせ俯く。
ふらつきそうな位、彼女は憔悴していた。顔色は蒼白く、良く見ると目の下には隈が出来ている。
「……数日前から、寝室に閉じこもってしまわれたのです。」
「………………、」
…ああ、やっぱり。
普通の女の子…しかも貴族の令嬢が、誹謗中傷に耐性がある訳ないんですよ。
「…私がいけないのです。噂を、あの方のお耳に入れてしまうなんて。」
侍女の方は、悔いる様に顔を歪めた。握り締めた手が震えている。
「…隠した所で、いつかは知る事になった筈です。」
「…ですが、」
「それに、理由も分からないまま、陰で何かを言われ続ける事の方が辛いでしょう。」
「…トウマ様。」
悪い想像は、考えれば考える程膨らんでしまう。それを止める事が出来るだけマシです。
…辛い事にかわりは無いでしょうが。
「……それよりも、閉じこもっている、と言っていましたよね。…お食事はとっていらっしゃるんですか?」
「…お部屋の前に置いておきます、とお声を掛けているのですが…」
「…………。」
この反応は、食べていませんね。用意したまま残されているパターンです。
「…何日くらいですか?」
「…三日間、何も召し上がっておりません。」
「三日…。」
…あり得ません。
餓えで自殺でもする気ですか…!!
「……トウマ様?」
突然立ち上がった私に、侍女の方は訝しむ様な声をかける。
「消化の良いもの……粥でいいです。用意して下さい。」
「え…、あの…」
戸惑う声には返事をせず、私はホノカ様の寝室の前に立った。
…本当は、なるべく驚かさない様にしようと思っていました。大丈夫ですよ、と根気強く語り掛けようと…………
でも、急遽取り止めます。
何よりもまず、ご飯を食べていただきたい!!
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