側室(仮)の焦り。
「………………。」
手元の本のページを、パラリと捲る。
部屋に閉じこもっている時間の殆どを読書にあてていたお陰か、少し前と違い読めない文字はほぼ無い。
だが今は、文字は読めても意識は上滑る。
違う事に思考を捕われている為、内容が全く頭に入らない。
本のページを目で追う間に、何度扉へと視線を経由させた事か。
「……………。」
開いていても全く意味を為さない手元の本を閉じ、顔を上げる。
開く様子の無い扉を数秒見つめ、私は落胆のため息を吐き出した。
「…イオリはまだ戻らないのかしら?」
私のぼやきに、傍にいたカンナは困った様に笑む。
「そうですね。…報告に行っておりますので、もう少し掛かるかもしれません。」
「……そう。」
それもお仕事なのだから、仕方ないと思いつつも、逸る気持ちを抑えきれない。
…気になったら一直線なこの性格、直した方がいいのかもしれませんね。
実はさっきまで、アヤネ様のお話やカンナに貰った情報を参考にしながら、侵入者の件を私なりに整理していた。
自分で調べられない為不確定要素が多いので、確証は無いのだけれど、ある程度纏められた気はする。
……その中でふと、事件に直接は関係無い事が気になったのです。
アヤネ様のお話は、『誰かが賊の侵入を手引きした』という噂が流れているというものだった。
その手引きした人間が私ではないかと疑われていた為、アヤネ様は心配してくださった訳ですが…
もう一人、お名前が上がっていた方がいた事を思い出したのです。
『ホノカ様の名前も上がっている』そうアヤネ様は仰っていた筈。
……自分が図太い為、失念していましたが、普通のご令嬢はそんな噂をたてられたら、かなり気に病むのではないか、と思い至った訳です。……今更。
ああもう!私の馬鹿っ!!
気が利かないにも程があります…!!
母がよく言っていたでしょう。『大抵の女の子は硝子の様に繊細なの。アンタの樹脂製ハートと一緒にしちゃダメよ。』って。
ちなみに樹脂製ハートというのは、樹脂製のパネルは一見硝子に似ているが、とても割れ難い事から、『繊細に見えて、丈夫』という意味の母造語です。…鋼の心臓と言われなかっただけマシだと思うべきなのか悩み……ってソレは今は置いておきましょう私。
とにかく!
ホノカ様はきっと深く傷付いておられると思うのです!
あんな穏やかな気性な方なら、尚更。
気付いたら、いてもたってもいられない。
想い悩んだ末、我が身を傷付ける様な事は……流石に無いと思いたいですが、万が一という事もあります。
顔見知り程度の私が行っても何の慰めにもならないかもしれませんが、私はアヤネ様に心配していただいて嬉しかった。
一人じゃないって、凄い事なんだって、実感しました。
だからホノカ様にも、一人で想い悩んで欲しくないのに……。
今出掛ける事を禁じられているのですよ…!
誰にって…、イオリです。
イオリが、上官の方に報告に行っている間、勿論、代わりの護衛の方がいらっしゃるのですが…。
イオリは出掛ける前に、ニッコリと綺麗な笑みを浮かべ『自分がいない間は、外出はお控え下さい。』と言い置いて行った。口調は下手だったが、笑顔は有無を言わさぬものでした。
…破ったら、分かっておりますね?と顔が言っていた。怖い。
「………………、」
言い付けを破る事も、困らせる事も本意ではありません。そもそも私の考えすぎかもしれませんし。
――でも、
「………サラサ様?」
カタン、と音をたてて立ち上がると、カンナが私を呼ぶ。
困惑した様な声のカンナに瞳を合わせ、私は静かに返した。
「…出掛けます。」
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