04
「…またですか!?」
思わず大きな声を出してしまった。
驚きの余り、手に持っていたカップを取り落としそうになり、慌てて両手で支える。
護衛武官であるイオリは、そんな私をからかうでも無く、神妙な顔で頷いた。
「面目ごさいません。賊の侵入を二度に渡り許してしまうとは…我ら武官の職務怠慢に他なりません。」
秀麗な美貌を歪めるイオリは、とても悔しそうに見えた。
彼女の顔には、後悔や申し訳無さ…そしてそれ以上に、屈辱の二文字が刻み込まれている。
武官としての自信と誇りを持つイオリからしてみたら、自分らがこうして護衛し、見回っているにも関わらず再度の侵入を許してしまった事は、恥以外のなにものでも無いのでしょう。
跪き私の手をとったイオリの表情は硬く、初めて会った時の様子とは全く違っていた。
「またこうして御身に不自由を強いてしまう事を、どうかお許し下さい。」
「…イオリ……。」
私は、何と声をかけていいのか分からなかった。
後宮に、何者かの侵入を許してしまったのは、なにもイオリだけのせいではありません。寧ろ彼女は、私の事をとても気に掛け、護衛としての職務以上に、よくしてくださっていると思います。
けれど、全くイオリのせいでは無いとは言えません。
彼女には何の咎もありませんと言い切ってしまえば、逆にイオリのプライドに傷をつけてしまう事になる様な気がします。
門番も、後宮内外の見回りの兵士も、側室の護衛も、纏めて『武官』のお仕事です。自分だけの仕事を全うすれば、後は関係無いなどと言えてしまう様では、組織に属する資格は無い。
…少なくともイオリは、そんな小さな器では無いでしょう。
己の失態と受け止め、どんな叱責でも受けようとしている姿には、少し感動しました。
最初は、『どうしようこの人…』と苦手に思っておりましたが…
「…イオリ。」
「…はい。」
顔を上げ、真摯な瞳を向けるイオリの手を、私はそっと両手で包んだ。
僅かに瞠られる翠緑の瞳に、私は笑みかける。
「これからも、宜しくお願いします。」
「…!」
格好良いのですね、イオリ。
矜持が高く、自分に厳しい貴方なら、慰めや赦しなどいらないでしょう?
ならば、私が貴方に言えるのはこれだけ。
無茶無謀で負けん気が強い私は、多分色々迷惑もかけてしまうでしょうが、どうぞ宜しくお願いします。
そんな想いを込めてイオリを見ると、彼女は数秒間をおいて、漸くいつもの余裕ある笑みを浮かべた。
「…有り難きお言葉。姫の期待を裏切らぬ様、尽力させて頂きます。」
そうそう。貴方はそんな感じでいてくれないと、調子が狂います。
……姫呼びは勘弁していただきたいですが。
「…ところで、今度はどういった状況だったのですか?」
落ち着いた所で、気になっている事を聞いてみる事にした。
前回はルリカ様の侍女が、ルリカ様のお部屋の近くで目撃したと聞いております。
今回は一体、何処に?
イオリは、表情を引き締めた。
数秒の沈黙の後、引き結ばれていた唇がゆっくり開く。
「…エイリ家ご令嬢、ルリカ様の私室近くの通路、と報告されております。」
「!」
…同じ場所!?
いえ、厳密に言えば同じでは無いのでしょうが、ルリカ様のお部屋近く、という括りで考えれば前回と一緒です。
「……それは…色々気になりますね。」
「はい。」
ポツリと呟いた私の言葉に、イオリは堅い表情で頷く。
普通に考えれば、前回侵入者を発見した場所というのは、他の場所よりも見張りが強化されるものだと思う。
発見場所がルリカ様のお部屋近く、という事も考慮され、側室一人につき一人の護衛のところを、彼女だけは二人付いている筈。
また後宮内だけでなく、外の見回りも増えているのだと思うけれど…それらを掻い潜って同じ場所まで辿り着くというのは至難の業。
抜け道的な裏技でも無い限り、不可能に近い気がします。
また、かなりの危険を冒してまで漸く侵入したのにも関わらず、一人に発見された程度で引き返す事も少し不自然な気がする。
後宮に不法侵入して、無罪放免とはいきません。最悪死罪。
そんなリスクを背負いながら、何もせず二度も逃走というのは、どうなんでしょう?
「……………。」
方法、ルートも気になるところですが、目的も重要ですね。
二度続けてルリカ様の部屋近くで発見されるという事は、目的は彼女なのでしょうか。
……不明な点と不可解な点、ともに多過ぎます。
「………………。」
………そう。
多過ぎる、気がするのです。
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