側室(仮)の動揺。
「……………………………………、」
「…………サラサ様。」
「…っ、」
控え目な呼び掛けに、私はハッと我に返った。
箸を取り落とし、カチャンと皿が鳴る。
食事の途中で意識を飛ばしていた事に気付き、私は自嘲のため息をついた。
「…ごめんなさい、カンナ。」
心配そうな顔の彼女は、かぶりを振って否定してくれるが、何度目だと自分を罵りたい。毎度毎度カンナを心配させて…少しは成長しましょう、わたし。
「…食欲が無いようでしたら、果物など如何ですか?」
「…ううん。食べるわ!食べなきゃ元気でないもの。」
優し過ぎる事を言ってくれるカンナに、これ以上甘える訳にはいかない。それに、具合が悪い訳では無いのですから。
一日の始まりである朝食こそ、しっかり食べなくてはです!!
「無理はなさらないで下さいね?」
朝粥をモリモリと食べる私に苦笑しながらも、カンナはお茶の用意をしてくれた。
食事を終え、片付けられた食器の代わりにお茶が出される。
このお茶は、匂い的に烏龍茶に近い感じですね。
礼を言って一口飲み、そういえば、とカンナに切り出す。
「…もう部屋から出てもいいのかしら?」
昨日から部屋に軟禁状態で、そろそろ鬱憤が溜りそうです。
こんな良いお天気なのに部屋に閉じこもっていては、体が鈍るし、気分が余計塞がります。
シャロン様やアヤネ様も心配ですし。
それらがおもいっきり顔に出てしまったらしく、カンナは困った様に微笑んだ。
「…出ても良いそうですが…その代わり、」
「??」
――コンコン、
言葉を僅かに濁したカンナに、私が疑問顔を向けるのと同時に、扉が鳴った。
「はい。」
こんな朝から、誰ですか。
不思議がる私と違い、カンナは分かっていたのか直ぐ様対応する。
「…、…」
入り口でカンナは誰かと会話しているのだが、角度的に誰と話しているのか見えないし、会話の内容も聞こえない。
「…サラサ様。」
「…はい?」
暫くしてカンナは、改まった様に私を呼んだ。
「本日より、護衛の方がつく事となりました。ご挨拶をさせていただきたいとの事ですが、宜しいでしょうか?」
「…………護衛?」
それは私個人に、という事ですよね。
見回っている方々とは別に、側室一人一人にも護衛がつくんですか…。何か大事になってまいりました。
「分かりました…お通しして。」
カンナが開けた扉から入ってきた方を見て、私は一瞬目を瞠った。
女性……ですよね?
失礼な話ですが、入って来た方を見て私がまず思った事は『白馬の王子様』でした。
はい。痛い事は十二分に理解しておりますよ。
ですが本当に、絵本の中から抜け出した様な方なのです。
この世界の成人女性としては珍しいミディアムショートで、襟足までの長さのストレートの髪は、月光を紡いだ様なプラチナブロンド。
長い睫毛に飾られた切れ長な瞳は、透明度の高いライトグリーンで、精巧に造られた人形の様な美貌の中でも一際目を引く。
…物凄い美人さんなのに、何故か女性的なものを全く感じさせません。
未成年女子の夢を詰め込んだ王子様…いえ、騎士様の様です。
「………………、」
騎士様は、部屋に入るなり、目を丸くしている私と同様に、切れ長な瞳を瞠る。
え。…何ですか。私の顔に何かついてますか?
頬を擦っていると騎士様は、ハッとすぐに我に返り、私の前に跪いた。
ええー!!リアル騎士様!!?
普通に頭を下げる程度だと思っていた私がアワアワしていると、騎士様は、恭しい仕草で私の手をとる。
「…本日より、トウマ様の護衛を申しつかりました。私、イオリ・ユウキと申します。」
……ご丁寧に、ありがとうございます。
ですがそれは、物語の中の騎士様の様に跪いて手をとり、尚且つ私をガン見しながらしなければならない挨拶でしょうか…?
「先程は失礼致しました。ご婦人を不躾に見つめるなど武官にあるまじき行為。……ですが、どうかお許し下さい。これからお護りさせていただく方が、斯様に可愛らしい女性だとは知らなかったのです。」
「…………はぁ、」
…え。
何でしょう。この方の言っている事が理解出来ません。
額面通り受け取る訳にもいきませんし…これは何かの揶揄なのですか?
「………その、ユウキ様?」
戸惑いながらも私がそう確認する様に呼ぶと、騎士様は、乙女が見惚れるどころか気を失いそうな、甘い笑みを浮かべた。
「お声もまた愛らしい…。ですがどうか私の事はイオリとお呼び下さい。」
「…………………。」
………どうしましょう。
私、この方と上手くやっていける自信が無いのですが……。
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